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国語の教科書に圓窓の落語[ぞろぞろ]が載る
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現代では、人の話を聞いてその状況や場面を頭に描くという、コミュニケーションの原
点がテレビやゲームの視覚的情報の勢いに押され、崩壊寸前といっても過言ではない。 圓窓は以前からその傾向に心を痛め、「学校教育に落語は必須科目」を高座から訴えて
きました。 この度、教育出版がそれを取り上げ、落語を教科書に採用してくれました。小学校では
初めてのことであり、圓窓としても夢に描いていたこととはいえ、実現するとは、まさに 夢のまた夢の心境です。 落語[ぞろぞろ]から、生徒たちがなにを学んでくれるのか。[ごん狐]が多くの子供
たちに愛されたように、[ぞろぞろ]も末永く愛されたい。 圓窓はこれにまた夢を重ねて、できることなら、小学校の教室に飛び込んで行って、先 生と生徒たちと一緒になって落語の授業をしたいという思いに駆られるのです。 とりあえず、現場の先生、生徒、そして父母の意見や感想をメールでいただければ、と
考えております。それはこれからの指針となり、かつ、ホームページが教育の手助けをす るという評価に繋がるよう努力いたしますので、どうぞ、よろしく、お願い申します。 |
三遊亭 圓窓 (1999.7.吉日 記す) |
口演 三遊亭 圓窓 |
登場人物 年令 |
○ 茶店のじいさん (七十才) 客1 (三十才) ● 茶店のばあさん(六五才) 客2 (六十才) □ とこ屋の親方 (三五才) 客3 (三十才) 客4 (三十五才) |
昔、江戸(えど)の浅草(あさくさ)の観音様(かんのんさま)のうら田んぼのま ん中に、小さな古びたおいなりさんがありました。そのそばに、これまた、小さなさ びれた茶店。おじいさんと、おばあさんの二人が細々とやっているという。 ○ 「ばあさん。ちょいと出かけるぜ。」 ● 「あらっ。おじいさん。どちらへ?」 ○ 「べつに用足しじゃねえ。たいくつだから、ちょいと散歩だ。」 ● 「そうですか…、じゃあ、おいなりさんへお参りしたら、どうです?」 ○ 「いやだね。あのおいなりさんはご利益(やく)がねえから、お参りする人がねえん だ。おかげで、この店で休む者だってありゃしねえ。」 ● 「あたしは毎朝、お参りをしてますよ。」 ○ 「ああ、わかった、わかった。じゃあ、ついでにお参りしてくるから。」 おじいさん、表へ出ました。あっちへぶらぶら、こっちへぶらぶら。そろそろ店へ 帰ろうと、近くの橋をわたろうとすると、 ○ 「のぼりが落ちてるじゃねえか……。これはおいなりさんののぼりだ。子ども供たち があそびで持ち出して、そのまんまなんだ。よし、とどけてやろう。」 ○ 「{いなりのほこらの前へ来て}おいなりさん。のぼりが落ちておりましたので、お とどけに参りました。お初(はつ)にお目にかかります。あたしは、この近くの茶店 のあるじでございます。これから、ちょいちょい来ますので。{かしわ手を打つ}」 ○ 「{店へもどって}ばあさん。今、帰ったよ!」 ● 「ああ、おじいさん。お帰りなさい。お参りしましたか。」 ○ 「ああ、したとも。橋のたもとにのぼりが落ちてたもんで、とどけてやった」 ● 「まあ、おじいさん。いいことをしましたね。」 ○ 「そうかい。ご利益あるかね。」 ● 「そりゃ、ありますよ。」 ○ 「そいつは、ありがたいな。{外を見て}おや…? 雨がぽつぽつやってきたぞ、ば あさん。」 ● 「さっそくご利益ですよ。お参りしたからこそ、雨はおそくふりだしたんですよ。お 参りしなかったら、早めにふりだしたはずです。」 ○ 「そうかい……。つまらねえご利益だな。おい、ばあさん。ぽつぽつどころじゃねえ ぞ。ぼんをかえしたようなえらいふりになったぞ」 ● 「ますますご利益ですよ。お参りしなかったら、おじいさんはずぶぬれで、かぜをひ いて……、それをこじらして……、あの世に。」 ○ 「ばかなことを言うなよ。ああ……。天気だって客は来ねえんだ。雨がふった日にゃ、 もうだめだ。今日はもう店をしめようや。」 客1「{急に、客が入ってきて}ごめんよ。休ましてもらうよ。」 ○ 「はい…。{おくへ}ばあさん。閉めることはねえ。客が来たぞ。」 ● 「おいなりさんのご利益ですよ。」 ○ 「そうか。こいつは、ありがてえ。」 客1「雨がやむまで休ましてもらうぜ。茶を入れておくれ。」 ○ 「はい、ただ今。」 客1「この雨にはびっくりしたな。急にきたからな。」 ○ 「{お茶を運んできて}おまちどうさま。」 客1「ありがとうよ。{じっくりと飲んで}いい茶だ。{外を見て}おっ、雨はあがったよ うだな。そろそろ、出かけるか。{おくに向かって}じいさん、いくらだ?」 ○ 「ありがとう存じます。六文(ろくもん)、ちょうだいいたします。」 客1「ほいきた。茶代は、ここへ置くぜ。{外へ出ようとして}ああ、雨が上がったのはい いんだが、道がぬかってるよ。買ったばかりのはき物をよごすのはしゃくにさわるし な。はだしってえのは、かえってつるつるすべってすってんころり。着物までよごし ちまうよ。こういうときは、わらじがあるといいんだがな。 {おくへ}じいさん。店にわらじは置いてねえのかい?」 ○ 「ありがとうございます。一年前から売れ残ったのが一足、天じょうからぶる下がっ ておりますんで。八文でございます。あいすいません、引っ張ってくださいまし。す ぐにぬけるようになっておりますんで。」 客1「{わらじを引っぱって}ほいきた。はきよさそうだな、これは。」 ○ 「ありがとうございます。お気をつけなすって。{おくへ}ばあさん。本当に今日は みょうな日だな。あのぼろぼろのわらじが売れちまったんだから。」 {するとまた、客が来て} 客2「わらじ、あったらもらいてえんだが。」 ○ 「わらじですか? あいすいません。今、売り切れてしまいまして。」 客2「弱ったなあ。{天じょうを見て}お? あるじゃないか」 ○ 「えっ? あっ! ある……。一足、ぶる下がってる。一引く一は、なしだよ。それ が、一引く一は、一、ということは……」 客2「なにぶつぶつ言ってんだい。売るのかい、売らないのかい?」 ○ 「売ります。売ります。八文です。引っぱってくださいまし。ぬけるようになってま すので。はい……、ありがとうございます。お気をつけなすって。」 {また、客が来て} 客3「わらじ、ねえかな!」 ○ 「また、わらじですか……? もう、本当にありませんでっ」 客3「ねえのかい……。{天じょうを見て}何を言ってるんだ。あるじゃねえか」 ○ 「は? ありますね……。気味が悪い……」 客3「いくらだい?」 ○ 「八文でございます。引っぱってくださいまし。{おくへ}ばあさん。お前も見てろ。 ちゃんと、見てるんだぞ。客が八文を置いて……、わらじを引っぱって……、足ごし らいをして……、出てったな……。な、もう、わらじはねえはずだろう、なっ。{天じ ょうを見て}あっ!」 おどろくのは当然で、天じょううらから新しいわらじがぞろぞろ! ○ 「ばあさん……。見たか…。見たかっ。」 ● 「見ました。おいなりさんのご利益ですよ。」 この「ぞろぞろわらじ」のひょうばんが、あっというまに、近郷近在(きんごうき んざい)に知れわたりました。明くる日、店の戸を開けると、子どもからお年よりま でが八文をにぎって、「ぞろぞろわらじ、おくれ!」ってんで、ずらあっという行列。 この行列が浅草から大阪まで……。まさかそれほどでもありませんが。 さて、この茶店の前に一けんのとこ屋がありました。ここの親方、毎日毎日、自分 のひげばかりぬいて、同じことばかり考えている。 □ 「この店も、客が来なくなったなあ……。{前の茶店を見ながら}それに引きかえ、 なんだい、あの茶店の人だかりは。今まで、こんなことはなかったぜ。どういうこと だかきいてみよう」 親方は、じいさん、ばあさんから、「ぞろぞろわらじ」のことを聞かされて、おいな りさんへすっ飛んできました。 □ 「{ポンポンとかしわ手を打って}おいなりさん、おいなりさん。初めまして。あっ しは茶店の前のとこ屋でござんす。このところ、まるっきり客が来ませんで、こまっ ております。店にあるだけのぜにを持ってきまして、さいせん箱に入れました。どう か、とこ屋も茶店のわらじ同様、ぞろぞろはんじょういたしますように!{ポンポン とかしわ手}」 親方、自分の店にもどってみると、 客4「親方、どこへ行ってたんだい!」 □ 「は…? {辺りを見回して}ここはおれの店だよなあ……。{客に向かって}失礼 ですが、あなた様はどちら様で……?」 客4「よせやい。おれは客だよ。」 □ 「客……? ああ……、おなつかしい……。{思わずだきつく}」 客4「おいおい、だきつくなよ」 □ 「ありがてえ! ご利益はてきめんだ。この客の頭が仕上がって帰ると、あとから新 しい客がぞろぞろっ。帰ると、ぞろぞろっ。ぞろぞろっ。」 客4「なに泣きながら、ぞろぞろ言ってんだよ。」 □ 「ついうれしいもんで泣いてしまいました。もっといをはじきますんで。」 客4「おっと、頭はいいんだ。おれはひげだけやってもらいてえんだが。」 □ 「かしこまりましたっ」 親方が、うでによりをかけて、客の顔をつうっとあたると、なんと、あとから、新 しい髭が、ゾロゾロ! |
1999・11・3 UP |