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噺のような話 No4〔 小 言 幸 兵 衛(こごとこうべえ)

『 上 手 に 小 言 を 言 っ て よ ! 』

一筆  永谷野 華美


 [小言幸兵衛]は、どこの世界にもいるものである。深窓の令嬢で世間知らず
なあたしも、そんなことは既に学習している。


 「あの、来月の企画のことなんですけど、これも準備したほうがいいんじゃな
いでしょうか・・・」
 我が同僚の麗子ちゃん、今日も遠慮がちに提案を始めた。
 ここはいわゆる”公共”施設。人集めをして利用実績数を上げようと、公務員
のおじさんたちが意味もないのに企画したイベントの開催日が、目前に迫ってい
るのである。が、いかんせん、このおじさんたちは公務員。お客様への配慮や外
部からの視点という観念が、ゼロ。そんな人たちの作ったイベント計画のあまり
の杜撰さに、我々下々の者の心配たるや一通りのものではない。それでも、おじ
さんたちの仕事に口を出すといいことはないという経験則から、意見を言うのは
どうしても麗子ちゃんのように遠慮がちになる。
 「そこまでする必要があるもんか。うちは民間会社じゃない!」
 おっと始まったよ。幸兵衛部長の独壇場が。
 「だいたい、それを読んだのはいつのことなんだ!」
 あの、いつ読んだかはこの際全く問題ないんですけど。
 「そんなことで客に文句いわれてたまるもんか」
 あぁたがたまらなくても、お客さんてのは文句いうもんなんですよ。
 「だいたいお前は考えすぎなんだ」
 あぁ、個人攻撃まできちゃったよ。
 「条例で決まってんだ!」
 出たよ出たよ、公務員サマの伝家の宝刀が。
 「それをやってるとそのうちに・・・」
 まだまだ続きそうだねぇ。
 「おい、永谷野! こっちへ来い!」
 あちゃ〜っ、あたしにも来たか。
 「一般的に言ってだなぁ、・・・」


 あのですねぇ、部長、普通の会話を教えてさしあげましょうか。
 『あの、来月の企画のことなんですけど、これも準備したほうがいいんじゃな
 いでしょうか・・・』
 『いや、そこまでする必要はないよ』
 『あ、そうですね』
 って、これですよ。これでいいの。あぁたの文句はいつも長すぎるんですよ。
 一言でわかるんだから、余計なことは言わなくていいってんです。
 だいたい、あぁたの文句ってのは一貫してないんですよ。あたしたちが右って
言えば左、左って言えば右でしょ。
 第一、何です? その机の上の汚さは。お客さんに恥ずかしいってんです。お
菓子を引き出しに何ヶ月も入れとくって了見もよくわかりませんね。それに、着
替えはロッカールームでやってくださいな。応接室でやると埃がたっちゃいます。
 交際費の処理はどうなってんです? 部下があたしじゃなかったら、とうにマ
スコミに投書されてますよ。それに・・・
 「ちょっと、ちょっと、華美ちゃん! 何ボーっとしてんの?」
 えっ? あ、あぁ、いけない。あたしも幸兵衛さんになりかけてる。


 [小言幸兵衛]は誰の心の中にもいるものである。深窓の令嬢で世間知らずな
あたしも、そろそろそんなことがわかりはじめている。

2004・3・15 UP







噺のような話 No3〔 六 尺 棒(ろくしゃくぼう)

『 主 を 閉 め 出 す と は ! 』

一筆  永谷野 華美


 居候暮らしの艱難辛苦(?)の末、とうとう念願であった一人暮らしが実現した。
 あちこちの不動産屋を一月以上回ってやっと見つけたのは、とある静かな住宅街の
一角。古くて汚いアパートなれど、日当り良好、買い物便利とくれば、誰がなんと言
おうと私のお城。バルカニアン宮殿に勝るとも劣らぬ居心地。これぞ捜し求めていた
生活なり。


 さて、お城暮らしが4ヶ月になんなんとする頃から、どうも玄関の鍵の調子がよろ
しくない。うまく回らない。時々ひっかかる。おかしいかな、おかしいぞ・・・
 そんなある夜、帰宅が夜中になった。疲れたなぁ。窓からは出かける前につけてお
いた小さい電球の明かりが見える。安らぎの明かり、我が家の明かり。
 カチリと鍵が回る・・・はずなんだけど・・・。ん? か、か、鍵が、回らない!
ひっかかって右にも左にも回らない! 抜けもしない! ドアはもちろんびくともし
ない!
 そんなぁ! ここはあたしんちなのよっ! あたしが主(あるじ)なのよっ! 主
が家に入れないなんてそんなバカなことがあっていい訳ないじゃないのっ!
 安らぎの明かりが、急に中から私を締め出している仇のように思えてきたよ。主の
私を・・・。
 あれ? れれれ? あったよ、あったよ、こんな噺。入り口につっかい棒されて主
が締め出されるって噺。〔六尺棒〕っていう題じゃなかったっけ? そうそう、きっ
と〔六尺棒〕。
 ああっ、でも、そんなこと考えてる場合じゃないよ。落語はどうでもいいから、あ
たしを中に入れてぇ!!!


 四苦八苦の結果、どうやらその夜は部屋に入れた私。
 翌日は会社を早退して鍵屋さんを待ち受け、プロのお手並みで見事に直してもらっ
た。高額な修理費用も、我が家に入れない恐ろしさの前にははした金と化したのであ
った。
[六尺棒]の梗概は、圓窓五百噺付録袋/圓窓五百噺ダイジェスト/六尺棒
2001・9・2 UP





噺のような話 No2〔 湯屋番(ゆやばん)

『 居候 3チャンネルは そっと出し 』

一筆  永谷野 華美


 突然、わたくし事なれど、高校卒業以来10とウン年、東京で一人暮らしをしてい
たが、Uターンを契機に田舎で両親と同居を始めた。同居と言えば聞こえはいいが、
結局のところ居候。
「”居候”だなんて言葉、今でもあるのか?」って? ありますともさ。家事手伝い
だなんだかんだと引っ張り出され、自由時間はあって無きが如し。
 休みの日にゆっくり朝寝坊を決め込もうと思っていても、ガラッと部屋の引き戸が
開く音と同時に頭っからの怒鳴り声。「何時だと思ってんのぉ!」。今度の敬老の日
には時計でも買ってやろうかしら、そんなに時間が知りたいんなら。
 ご飯のおかわりに「お茶ですか、水ですか、黒もじですか?」とこそ聞かれないも
のの、見たいテレビも見られない。落語や語学、国宝探訪、etc.私の心のオアシ
スである教育テレビなどつけようものなら、「家族にわからないテレビを見るんじゃ
ない!」とまた用事をいいつかる。「居候 三杯目には そっと出し」ならぬ「居候
3チャンネルは そっと出し」。
 茶の間でゴロゴロしていると、同じ茶の間で聞こえよがしの両親の会話。
「明日、○×さんのとこに行くんだろ? でも、俺は他へ出かけるから車は使うよ」
「あたしはお父さんの車じゃないと運転できませんよ」
 はいはいはい、あたしに車を出せって言うんでしょ。わかってますよ、わかってま
す。また、そんな時に限って昔の同級生とかに会うからねぇ。”いい歳して親なんか
と出歩いてるのかよぉ”なんて思われるんじゃないかしら。こんないい女が。あぁ、
やだやだ。
 かくなる上は、なんとしてもいい仕事を見つけて自由な一人暮らしを再会しなけれ
ば。お給料がよくって、若いいい男がゴロゴロしていて、一日中座って笑ってる、そ
んな楽しい仕事ってないものかしら。
 あぁ、でも、これじゃぁまるっきり〔湯屋番〕の若旦那だねぇ。
 だめだ、こりゃ。
[湯屋番]の梗概は、圓窓五百噺付録袋/圓窓五百噺ダイジェスト/湯屋番
[茶の湯]の 梗概は、圓窓五百噺付録袋/圓窓五百噺ダイジェスト/茶の湯
2001・9・2 UP





噺のような話 No1〔 寝 床 〕

 『 飲 み 会 の 大 好 き 人 間 』

一筆  永谷野 華美


 この春、役所からの天下りでやってきた我が上司、悪い人ではないが、いかんせん
話が長い。みんなが遠慮して黙っているのをいいことに、ひとたび話に火がついたら
もう止まらない。現職中の仕事に始まりテレビでつかんだ環境問題、果ては家族の話
まで、延々話し続け、まわりの人の都合などお構いなし。しかも日を追うごとに同じ
話が多くなってくると、もういけない。はじめの頃の「話し上手」「知識が豊富」と
の噂が、すっかり、ただの”困ったおじさん”に成り果ててしまった。


 そんな評価も定着してしまったある夏の日。”困ったおじさん”、何を考えたか、
「俺の家に招待するからみんなで飲もう」と言い出した。”困ったおじさん”は飲み
会が大好き。おまけに、飲むと毎回すこぶるつきの酔っ払いになる人ときた。呼びか
けられた私たちの困らぬことかは。
 「えーっと、主人に相談してみなくちゃ」
 「家内が毎日遅いので子供の面倒を・・・」
 「天気もしばらく悪そうだし」
 「私はこの日はだめですから、どうぞみなさんで・・・」
 「あ、華美ちゃんが行かないなら、私も行きません・・・」
 ここまで言われて、まだ”みんなと我が家で飲みたい”なんてぇ人間は、この世に
はありますまい。
 と、思いきや、”困ったおじさん”は一人で料理の算段に入りはじめた。
「あそこのスーパーで肉買って、サラダもお惣菜売り場で買って・・・」
 さらに抵抗する私たち。
「奥様に申し訳ないし」
「お宅だとかえって気を遣ってくつろげませんしねえ」と。
 するとおじさん、算段を継続しながらもどんどん機嫌が悪くなってくる。果ては、
「俺の家は気を遣わない家なんだ! 俺はみんなと家で飲みたいんだ!」
おいおい、気を遣わないのはあんただけだよ。楽しいのもあんただけ。どうしてわ
かんないかねえ、この私たちの顔を見て。いいよ、一人で機嫌悪くしときなよ。みん
な行かないんだから。
 と、その時、
「あ、じゃあ、この日だったら」と、日程を検討する奴が現れた。
「俺、道順知ってるから、乗り合わせて行く?」
「華美ちゃんも行くでしょ、直接の部下はあんた一人なんだから」
 おいおい、ほんとかよお!!! なんでそんな奴の顔色に弱いかねえ、日本人って。
勘弁してよぉ、みんなだってイヤなんでしょう? あの長い長い演説を聞きたい訳じ
ゃないでしょう? そりゃまあ、おじさんの機嫌を損ねたら、明日からの仕事もやり
づらくなるけどさ、一日ぐらい我慢すればいいって了見はよくないよ。イヤなものは
イヤだって、本人にもわからせなくっちゃ駄目だよ!!!!
 ・・・と、表立って反論もできずに行くことになってしまった私も、結局、日本人
だったと言うべきか。ああ〜〜〜っ。
 ん? ん? 待て待て待て! これって、もしかして、落語の〔寝床〕、そのまん
まじゃない? は〜ん、あるんだねえ、ほんとにこんなことって。どこにでも、いつ
の世にも、いるんだよ、こういうワガママなおじさんって。こりゃ、世紀の大発見だ。


 ついに嫌々ながらよばれたおじさんちでの宴会。みんなで座布団を広げる時なんざ
ぁ、まさに義太夫を聴かされる長屋の衆の気分。でも、不機嫌のうちに算段された不
幸なお肉やサラダは、思いの外おいしかった。
 〔茶の湯〕にならなかっただけまだマシだった、ということにしておくか。
[寝床]の梗概は、圓窓五百噺付録袋/圓窓五百噺ダイジェスト/寝床
2000・12・9 UP