各地の定例落語会 | 単発の落語会 | トップページ |
圓窓五百噺を聴く会| 圓窓コミカレ五百話| 菜の花寄席| 圓生物語| 新しい噺絵巻| 保善寺仏笑咄| 赤かぶ落語衆| 圓窓一門会| 圓窓商人噺を聴く会| オフィス樹 話芸ライブ| 五百噺足跡
コ ミ カ レ 見 聞 読 50 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 10/17・18・19 太宰治の世界[貧の意地]。他に役者が語り、朗読。 オフィス樹の企画。 10/25 長崎県の島原、三会小学校で講演。 10/28 日大の講義のあと福生へ。年金受給者対象の落語会。 10/30 青年劇場の芝居「銃口」。三浦綾子原作。 11/ 2 白岡の興善寺へ。窓里を連れて。 11/ 3 鹿児島の甑島へ行くため「さのさ荘」で一泊。 11/ 4 午前中、浅草演芸ホールで中学生寄席教室。 11/ 5 三越落語会で[百年目]。 11/ 6 盲人スキーの世話人、嶋先生の絵画展。 11/ 9 選挙投票へ。受付にパソコン導入。 11/10 扇子屋の新更で、扇子について学習。 10/13 演劇「哀愁橋」(三百人劇場)。映画「哀愁」は元は演劇であっ た。 10/14 紀伊国屋落語会[徂徠豆腐]。 10/15 館山、三芳村で講演。 報告 ヨーロッパ旅行 松平俊男 聴講生の松平さんの11/8〜15、南フランスへの旅の報告。 創作落語 圓窓[永沢の足袋] 八っつぁんがご隠居の家をおとずれ、ご隠居のうんちくに耳傾けるパターンの 一席。 落首を集めた本の中から浅草にあった足袋屋にちなむ落首を紹介する。 創作落語 圓窓[お富の貞操] 芥川龍之介原作を一席化したもの。 かつて圓生師匠もこの話に取り組んでいる。(レコード、圓生名作噺(2)東 芝、昭和53年発売) 明治元年五月、「明朝、官軍、彰義隊攻撃」のお達しが出て、上野界隈の町家 のものが立ち退いた日のエピソード。 立ち退きの際、連れ忘れた猫を連れに戻ったお富に襲い掛かる貞操の危機。猫 の目を通し、猫が事件を語るという構成は師匠の工夫。 今日の口演は印刷の「高座本」を椅子席で朗読するという発表形式。 |
|
2003・12・30 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 49 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 9・18 豊島区長と豊島区の文化を育てることについて、じっくり懇談。 小金馬と窓輝に[万病円]の稽古をした話から、落ちが数字を含 む病名なので、それを募集。受講生から「慢性胃炎は?」の応えあ り。 9・23 豊島区の吹奏楽団の音楽会へ。さだまさし作曲の「豊島区のうた」 を聞く。 9・24 高校時代の同級生、金子氏と江戸学について長時間懇談。 9・30 日大の後期講義はじまる。レポートの提出。 10・10 自宅のインタネットを光通信に替える工事。 10・11 富山2003年スマイル・イベント、子供大喜利の司会。 10・12 高田馬場プロトシアターで日大の若者の怒鳴り合いの芝居を観賞。 10・15 演芸連合の会合。田辺一鶴が師匠の墓の権利を巡っての話題あり。 落語 圓窓[貧の意地] 井原西鶴「諸国はなし、大晦日はあはぬ算用」を元に太宰治が小説化(「新釈 諸国噺」のうち)したものを落語化した一席。今日の表現形式は落語をメインに 講釈・朗読をミックスした形で。 赤貧洗うがごとき浪人、原田内助は年の暮れに妻の兄から小判十両の合力を受 けた。 この果報をお裾分けしようと同じように貧乏をしている友人七名を招き、酒宴 を開く。十枚の小判を皆に紹介して宴席もにぎやかになった。 ところが、いつのまにか小判が一枚不足している。たまたま一両を所持してい た男が死んで身の潔白を示めそうとする。 「死ぬ」「死ぬな」と一座が騒ぎ出したところ、行燈の下から一両が出てきた。 一同ほっとしたところへ女房が台所から一両が出てきたことを報告する。片付 けた重箱の蓋の裏の湯気にくっついていたらしい。 一両不足どころか一両多くなってしまった。切腹したいという男を救おうと誰 かが一両出したのであった。 原田は名乗り出てほしいと言ったが七名の客は押し黙ったままである。持ち主 にこの小判を返すにはどうしたらよいか……。 50分の長講、熱演。 |
|
2003・12・30 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 48 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 8・29 本多劇場にて小野寺丈の芝居を観劇。 9・ 3 圓生物語・六の巻。圓窓[髪結新三]。開演直後から激しい雷雨。 9・5、6、7 江戸川乱歩原作の芝居「押絵と旅する男」に出演。 9・ 9 青年劇場の芝居観賞。 9・11 豊島区の福祉課主催のシニアライフで講演。 9・14 前橋市の芳賀公民館の落語会。窓輝と。 9・15 千葉県旭市の敬老会へ出演。 9・16 太宰治作品の「噺、語り、朗読の会」の顔合わせ。 リコーダー 北村正彦、大友浩 リコーダーの歴史の解説と演奏を北村正彦氏。 爪楊枝大の超小型のものから、身の丈大の大型の各種楽器の紹介。 様々な音色の実演を楽しく展開。ソロ演奏のほか、あの大友浩氏(北村氏の弟 子)とのデュエットもあり。 落語 圓窓[栗目玉] 宮城県の昔話。 山で滑って転んで藪に目をつかれて見えなくなってしまった男が、目の玉の替 わりに栗の実を目の中に押し込んで家に帰った。 やがて目から栗の木が育ち、栗の実がとれた。 切り倒すと切り株にキノコが生え、切り株を掘り起こすと池が出来、鯉が住む。 泥で埋めると稲が芽を出し、米が獲れる。 再び山へ行って、以前、落とした目の玉を拾って目があく。 村人が「目出度い、目出度い」と。 [あたま山]に似たシュールなお話。 落語 圓窓[ぞろぞろ]・リコーダー入り。 おなじみ「ぞろぞろ」に北村氏のリコーダーによる即興のBGMがつく。 茶店の雰囲気、意外・驚きの演奏による描写が高座を盛り上げる。 演奏が圓窓に付いていくだけでなく、演奏が圓窓の別な演技を引き出し、両者 合体の面白さを楽しめた。 当夜リハーサルなしのアドリブというところが、どきどきさせる新鮮さ。 |
|
|
|
特 別 寄 稿 |
|
大友 浩 |
|
「圓窓・赤沢」の対談を聞いて 相変わらず赤沢さんが圓窓師匠と五分にわたりあって、良い雰囲気をつくって いましたね。楽しかった。ただ、ボケ老人のことを乱暴な言葉でなじるのは、そ れが親しみの裏返しということはわかりますが、やや聞き苦しかったです。 「押絵と旅する男」の舞台に出演されたという話題がありました。圓窓師匠が江 戸川乱歩について語ったのが、とても意外で、かつ、面白かったです。 乱歩の世界はぼくにとって、圓窓的世界とは対極にあるものだという印象があ りましたから。ぼくにとって、乱歩は病的・変態的・耽美・猟奇・闇・郷愁とい ったイメージですが、圓窓師匠は健全・公明正大というイメージだからです。 たしかに、「押絵と旅する男」はあまり変態的ではありませんが、作品の奧の 方では「人間椅子」や「一寸法師」のような妖しい世界とつながっています。乱 歩自身も、ホモセクシュアルで美少年趣味があったわけですね。 文体も、思わせぶりの多い、けっして品の良い文体ではないですしね。 その辺を圓窓師匠がどうお考えになっているのか、とても興味が湧きました。 北村正彦先生の一席 50分の熱演でした。リコーダーについて理解を深めてもらえるような講義と 演奏です。おしゃべりが面白く、大いに笑わせていただきました。いやァ、ぼく でも知らないネタがまだまだありました。 途中で皆さんにソプラノリコーダーを持っていただいて、シだけで吹ける曲を 吹いていただいたりもしました。 先生が演奏したのは、クープランの「恋のうぐいす」と、5つの小さな鳥の曲 (タイトル忘れました)、その他。 最後に、ぼくがお手伝いして、ヘンデル「調子の良い鍛冶屋」と廣瀬量平「オ ード1」をデュエットしました。 ヘンデルは、余裕綽々のつもりで、途中でふと1小節先を見たら、どこを吹い ているのかわからなくなってしまい、3小節ぐらいデタラメを吹いてしまいまし た(^_^;)。 悔やまれます〜。練習していても間違えるような曲ではないんです。本番は何 が起こるかわからないですね。勉強になりました。 「オード1」はだいたいうまく行ったと思います。これは名曲ですね。ちなみに、 ヘンデルは、通常のアルトリコーダーよりも半音低い、バロックピッチの楽器で 演奏しました。 圓窓師匠の落語[栗目玉] [あたま山]に似た噺だなァと思っていたら、まだその先がありました。[あた ま山]もそうですが、時間と空間の扱い方がとても面白いですね。リアル(現実 的)に考えていたのではとても出てこない発想です。 これが民話の力というものなのでしょうか。バタンと倒れたら丸い物に触れて、 それが自分がなくした目玉だったなんて、リアルに考えればご都合主義もいいと ころですが、見方をかえれば、それが「民話の論理」というものでしょう。とて も楽しかった。 こういう楽しさが味わえない落語ファンもきっといるんだろうな…とも思いま した。 圓窓師と北村先生のセッション 落語[ぞろぞろ] 圓窓師匠の[ぞろぞろ]は以前から大好きでした。今回はそれに北村先生が即 興でBGMをつけていくという趣向でした。当日顔を合わせてから、圓窓師匠が いきなり言い出したんです。 「[ぞろぞろ]という落語をやるから、即興で音楽を入れてよ」と。 アセリましたねェ。まあ、ぼくはやらなかったからいいんですが、北村先生は 大変だったと思います。でも結果的には、素晴らしいものになりました。 ちなみに、この噺に入ってすぐ、日本風の雰囲気を醸し出した笛は、リコーダ ーでも、日本の笛でもなく、アイルランドの民族楽器でティン・ホイッスルとい うものです。 圓窓師匠を囲む打ち上げにも参加しました。疲れたけど、楽しい一夜を過ごさ せていただきました。 |
|
2003・10・18 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 42 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 2/25 青年劇場で「顔」観劇。 3/ 1 らく天寄席。大塚の居酒屋で窓輝を中心にした落語会。 3/ 9 朗読の会、飯田橋の喫茶店で。 3/13 豊島区の文化向上のため「押絵と旅する男」を上演の企画 に参加。 3/14 横浜、関内で「ぞろぞろ」などの紙芝居原画展。 3/15 文京高校の教室を借り恩師(A先生)を招いて懐かしの授 業展開。 3/16 昼、語りの会。夜は映画「ヘブン」。 3/17 豊島区の法人会、広報誌のインタビューを受ける。 講義 江畑哲男「現代川柳の実情」 講師の江畑哲男氏は東葛川柳会代表で、千葉県柏の高校国語科教諭。 大蛇の元同僚でもある。 俳句はお行儀のいいお兄さん、川柳はやんちゃ坊主の弟のようなもの で、もともと同じ母親(連歌)から生まれた兄弟のはずなのに、今日で は川柳のほうが不当に軽く扱われていることに不満の意を述べ、復権を 力説、人生の喜怒哀楽を詠んだ具体的な実作を挙げて現代川柳の魅力を 説く。 落語 圓窓[青菜] 公開稽古のはずのところ、肝心の落語っ子連のお弟子さんが不参。 噺家はみんな漠然と青菜と称して具体的に「菜」の内容を言わないが 円窓師は「小松菜」と特定して演じる。 落語 圓窓[乞食坊主] 長崎の民話から。 粗末なみなりの旅の僧が門口に立って、その家のおかみさんに食べ物 を乞うたが冷たくあしらわれ、すごすごと立ち去る。 女中さんが後を追い、その僧にこっそりオニギリをあげる。僧はお礼 に手拭いをくれる。その手拭いで顔を拭くと若くてきれいになる。 そのことを知ったおかみさんはくやしがり、その僧を探させ、たっぷ りご馳走をして、品物をねだった。 僧の締めていた帯をもらい、おかみさんはこの帯を締めれば全身が 若返るにちがいあるまいとシメシメとほくそえみながら帯を締めると。 |
|
2003・12・12 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 41 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 1・16 ラック購入、書籍の整理。 1・19 四九八句会、大塚のスナックで。句会あとのカラオケで盛り上が る。 1・23 日大の「江戸風俗論」の講座で筆記試験を実施。 夜、友人の朗読と語りの会。太宰治の「新釈諸国噺」の中の「貧 の意地」があり、興味津津。早速に落語にしたい。 1・24 リリアンホール亀有で「雪国」観る。 1・28 品川プリンスホテルで仕事(コーヒー学会での講演)の打ち合わ せ。 2・ 4 名古屋で商人噺を聴く会。[徂徠豆腐]を長講。 2・ 5 吉良へ行く。花岳寺を訪ねて、忠臣蔵に触れる。 2・ 8 佐原で黒田節を踊る。 2・10 「落語の友」3号発行の遅れ。 2・12 青年劇場の「雨の庭」という芝居観る。 2・16 長野県の中野市の落語会、35周年。 2・17 高座舞い発表会(国立4/24)に備えて稽古。 2・18 踊り「武田節」稽古。 試験 日大芸術学部文芸学科試験問題 日大の学生の受けた同じテストをここで披露して実施。(笑) 寄席用語問題をみなで再検討。名物・名産詠み込み狂歌の作成は来月までの宿 題とする。 落語 圓窓[善光寺の木] ご隠居さんが八っつあん相手に掛け軸の絵の講釈をしている。 善光寺平の上空を巨木が何本も飛んでいるという珍しい絵である。 善光寺再建のために切り出された杉や檜の巨木が善光寺の柱や梁になりたくて 木自身の力で善光寺に集まったという伝説を絵にしたものであった。 実はその絵の中にご隠居さんのご先祖様寄進の木も飛んでいるいるという。 目をこらしてよく見ると小さな苗木が飛んでいるのだ。 小さくても真心の一端はあらわしたものだという。 落ちは「気(木)は心」 巨木が空を飛ぶ描写がダイナミックですばらしい。 善光寺、今年、本尊御開帳の年。タイムリーな一席。 落語 圓窓[替わり目] 池袋ではすでに1984・1・30に演じられており、今回再演。「元帳、見 られちゃった」の先の、演題の意味のわかるサゲ「銚子の替り目」まで。 うどん屋がからんでくると、演題の意味がわかるだけでなく、話がふくらんで きて面白い。 |
|
2003・11・29 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 40 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 12・21 上野文化会館でオペラ「魔笛」を鑑賞。 12・26 吉窓から踊り(二つ巴)の稽古を受ける。 1・ 1 グランドパレスの新春寄席。柳昇入院のため代演。 1・ 2 高座は浅草演芸ホールでは正月興行で短く、国立演芸場ではボン ボンブラザーズのつなぎで、長く。 1・ 4 シーハイル(盲人スキー、チャリティ) 障害者問題をめぐり、赤沢氏のぼけ老人ボランティア体験談に話 題発展。 1・ 5 日大講義。開府400年にちなみ、「江戸東京落語図会」を配布。 萬窓がざっと調べたが、これから詳しく検討。 1・11 稽古で萬窓の[伽羅の下駄]を聴く。 落語 圓窓[雷和尚] 古河に住む大炊頭は大のカミナリ嫌い。カミナリよけの箱を用意していたが、 ききめなく、ある日傍らのカネの火鉢の中に落雷し、本人は気絶してしまう。 おそばの者達が灰神楽のたつ、その火鉢に大きなお盆の蓋をし、縄でぐるぐる 巻きにし、神社の庭に埋めてしまった。 それ以来、カミナリは田畑に落ちても人の住むところには落ちなくなったとい う。 この話を和尚から聞いた小坊主三人がこっそり火鉢を掘り出しに行き、持ち帰 って中を開けてみる。と……。 雷多発地域にふさわしい民話。ダイナミックでミステリアスな面白い一席に仕 上がっている。 落語 圓窓[伽羅の下駄] 仙台のお殿様は三浦屋の高尾大夫に通い続けた。 ある日、供の者にはぐれたお殿様、豆腐屋の店先に立ち、酔い覚めの水を所望。 水の代金として履いていた伽羅の下駄を豆腐屋に与える。 いい匂いのするこの下駄が三百両の価値のあるものであると知り、豆腐屋夫婦 は嬉し泣き。 笑えと言われて亭主は「ゲタゲタ」。女房は「キャラキャラ」。 お殿様のおっとりした様子の描写、香木の匂いがただよってくる様を楽しめる 噺。「火焔太鼓」を下敷きにしたクスグリも面白い。 |
|
2003・3・16 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 39 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 11・21 朝は日大、夜は福岡へ。翌日の仕事のためそこで一泊。 11・22 天瀬町、講演と落語。 11・24 落合の保善寺。窓輝と。落語紙芝居も。 11・25 萬窓に[伽羅の下駄]の稽古をつける。 11・26 府中の小柳小学校で講演と落語。 11・28 日大授業。落語の歴史を語る。「咄、噺、話」など。 11・30 竹ノ塚、そば屋「おおむら」で落語っ子連の公演。30分の熱演 の円ドル。 12・4 八千代台、学校の先生方を対象に落語と講演。 12・1〜10 国立演芸場で寄席手本忠臣蔵の公演。 12・11 江戸川で先生や保護者への公演と落語。 12・12 広島県世羅西町で講演と落語。お土産にいただいたの唐饅頭の固 さにびっくり。 12・14〜15 落語ワークショップ 東中野オフィス樹。 14日は「謎かけの秘密」、15日は「紙芝居の秘密」 ワークショップとは、「講習会」という意味らしい。 12・16 中野ゼロで「音楽と歌とトルコの詩人」 12・17 映画「ブラッドワーク」見る。 対談 圓窓・赤沢「忠臣蔵談義」 討ち入りは「15日未明」が正確な言い方ではないか。 吉良を主人公にした話は作りにくいし、やりにくい。 元禄忠臣蔵と仮名手本忠臣蔵のちがい、などなど。 落語 圓窓[徂徠豆腐] 講談(貞丈)からの落語化。 40分の熱演。筆者は最近続けて数回、師匠のこの噺を伺う。そのつど、あち こち少しづつ手直しが加えられ、しっかりした大きな噺に定着してゆく過程も 楽しませていただいた。 |
|
2003・3・16 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 38 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 10・18 名古屋の法人会女性部会で講演と落語。 10・22 沖縄市の小学校国語部会で講演と落語。 10・23 早朝、飛行機に乗る前に識名小学校で授業。[ぞろぞろ]も。 10・25 昭島で西武信金の年金受給者への落語会。 10・26 信州中野のプラネタリュームで落語会。 10・27 西川口の公民館で無弦さんのギターとジョイント。 10・29 名古屋の小学校の国語の先生の集まりで講演と落語。 11・2、3、4 出雲の全国そば祭り。[ぞろぞろ] 11・ 7 富士市の市民大学で講演と落語。 11・14 12月公演に向けて、泉岳寺でお参りと落語会と記者会見。 11・16 文落連の懇親会。 落語 圓窓[俵相撲] 圓生の[花筏]のマクラにある逸話を圓窓師匠がサゲをつけ、ふくらませて一 席ものにした噺。 谷風、小野川、雷電の三力士が米俵を技と力で放り投げて運搬するが、それぞ れ流儀も結果も違うといった内容。 重い米俵が豪快に空を飛ぶさまが見所、聞き所。 落語 吉窓[孝行糖][探偵うどん] 前者は先代金馬のが、後者は小円朝のが筆者の脳裏には定着している。 工夫やふくらませを期待する。 特に後者が人々に受けるにはどんな工夫をしたらよいのだろうか。 |
|
2003・3・16 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 37 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 9・26 日大、後期の授業開始。落語の中の江戸風俗がテーマ。 10・ 2 NHKの子供向け番組「ことばあ」の録画。聞き間違いの小噺創 作。 歌舞伎座、忠臣蔵を観劇。11月は国立劇場で忠臣蔵の通し、1 2月は国立演芸場で寄席手本忠臣蔵。 10・ 3 札幌で[そば食い地蔵][蒟蒻問答] 10・ 4 栗山で[泣く木] 10・16 長野県駒ヶ根へ。 落語 萬窓[火事息子] 三木助→扇橋→萬窓と受け継がれた型だという。 若旦那の夢ではじまり、臥煙の出動場面が冒頭に語られる型。圓生版で耳なれ ているのでオヤッと思ったが、こういう演出もあるかと考えさせられた。 落語 圓窓[どっちの鼠] 甚五郎もの小品。 「ねずみ競べ」とでもいうような内容。 導入が[ねずみ]に似ていて、展開は[二匹鯉]のパターン。 甚五郎より力があると腕前を誇示する男と甚五郎との彫り競べ。名人譚という より、甚五郎の、人を食ったひょうきんな一面を物語る裏話。 落語 萬窓[試し酒] スケールの大きな噺をスケールの大きな演出で演じられた。 豪快な呑みっぷりを心行くまで堪能。 |
|
2003・3・16 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 36 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 8・28 深川江戸資料館で落語会。日航機内放送用の録音。[蕎麦食い地蔵] 8・29 大宮会館で二組の親子落語会。「圓窓・窓輝」と「金馬・金時」 8・30 高崎の土屋文明館へ。紙芝居展。 9・ 1 圓朝まつり模擬句会の打ち上げ。「スナック純子」へ。 9・ 3「圓生物語・五の巻」。小三治、扇橋、圓窓とその一番弟子が出演。 9・ 5 関内で横浜市内校長会。講演と落語。 9・11 熊本で無弦さんのギターとの二人会。[ぞろぞろ][叩き蟹] 9・14 桜木町にぎわい座の夜席。小遊三、伯楽、志ん駒、圓窓。 8・16 芳賀で落語会。 講座 赤沢良夫「中国旅行見聞記」 懐かしき古都北京の終焉を歎く生々しいレポート。 落語 圓窓[泣く木物語] 北海道、栗山の民話から。 首を吊って心中した若い男女の悲しみやトンネル工事で亡くなった人々の怨念がこ もった大きなニレの木が夜な夜な泣き出す。 人々に不安をあたえながらも土地の名物になった。 時経て切り倒されたが、切られる前に種を落としていて、春になると芽を出し、葉 を出し、育ちが異常に早い。なぜだろうか? 落語 圓窓[叩き蟹] 今月からコミカレはしばらく左甚五郎シリーズ。五席?続く。 圓窓師匠が扇治師に甚五郎物のをまとめて稽古をつけてあげるために洗いなおすと いうことも兼ねて。 今回は圓窓師が浪曲からとった[叩き蟹]。 餅を盗もうとして折檻を受けている子供にやさしく助けの手をさしのべる旅人・甚 五郎の噺。 代金のかわりに甚五郎が彫った蟹が動き出して店が繁盛する。 人の情けの大切さと名人芸の素晴らしさを中心に据えた力作の力演。 |
|
2003・3・16 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 35 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 7・20 上北沢区民センターで落語会。高座があまりにも低かったので、そ れを糾す講義をしながら組み立てなおした話も。 7・26 圓朝祭の落語会。イイノホールで[椿説蝦夷訛]を口演。篠笛を取 り入れる新しい演出。エンディングでは手拭投げ事件?に発展。 7・27 大船の寺で落語会。 7・29 教員の研修会で講演と落語。 7・31 落語協会の寄り合い、東京プリンスホテルで。 8・ 2 雷で電話とパソコン故障。 8・10 山梨県増穂町(甲府から車で30分)で落語会。初代市川団十郎の 生家、近くにあり。 8・11 全生庵で円朝まつり。模擬句会をやる。 8・18 小田原の菜の花寄席、萬窓と。 講座 圓窓「俳句の添削実例」 「円朝忌」を季語とし、円朝まつり当日に詠んだ噺家の俳句をとりあげ、光石宗 匠(扇橋)による添削の実例を紹介。 噺家の参加者は小三治、扇好、吉窓、扇辰、扇治、窓輝、扇遊、扇橋、圓窓。 二度の添削を受けた窓輝の句が落語[鼓が滝]の現象を起こしてしまったとい う話題が面白かった。 ただしどんなに原形をとどめていなくても、添削後の作品は原作者の作品に属 するのだそうである。 落語 圓窓[那須与一] 与一は幼少の頃から弓術にたけていた。空飛ぶヒバリを千羽射落とせば名人の 位が授かるということで挑戦する。が、999羽までいったところで那須観音が 現れて殺生を厳しく戒める。 落語 圓窓[十徳] 「如く、如くでじっとく」というお馴染み、前座噺。 お馴染みとは言うものの、近頃寄席ではあまり聞かないような気がする。 大幹部の演ずるこういう軽い噺が聞けるのも、この会の楽しみの一つ。 この会では20年近く前に一度演じた演目の再演。 |
|
2003・2・8 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 34 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 6・20 日大受講生の中で小噺の実演希望者あり。7月19日実施。 夜、新しい噺絵巻の会(なかの芸能小劇場)。[蕎麦食い地蔵] 6・21 NHKラジオ「真打競演」の録音撮り(山梨県須玉町) 6・23 池袋演芸場で一門会(落語紙芝居[ぞろぞろ]を小学生が熱演) 7・ 3 小さんの四十九日。近くの豪徳寺で招き猫由来を探究。 7・11 伊那へ親戚のお弔いに。JRより安いバス料金。 7・12 横浜桜木町にぎわい座に出演。 7・13 NHKテレビ、[五百羅漢]の放映。 7・15[椿説蝦夷訛](7・26の圓朝祭落語会)の五稜郭の場面に篠笛を 入れるため、その打ち合わせ 7・16 映画「アイ・アム・サム」見る。評価が分かれそう。 講座 武田安史「ギリシア教育論」 ML浮世床のメンバーの一人、弥助さんがいよいよコミカレに講師として登場。 専門の「ギリシア教育論」をやさしく噛み砕いて説き、「落語との接点」まで 説き明かす充実した内容。 ソフトで説得力のあるわかりやすい講演。 随所に散りばめた駄洒落は受けたり、受けなかったりで、ご愛嬌。 落語 圓窓[欠伸指南] 講演の教育論の向こうを張って、落語の中の「教育」の一場面として、あえて この噺を師匠が選ぶ。 何度繰り返してもお師匠さんのお手本のようにはいかないおかしさが、なんと もいえない味わいで楽しい。 落語 圓窓[問答小僧] 熊本の民話から。 並んでいる二軒の寺の住職同士は仲が悪い。そして小僧同士もいがみ合ってい る。 小僧が和尚から教わった通りに隣の寺の小僧に問答を仕掛けるが、相手がウワ テで勝てない。 問答のやりとりが段々エスカレートし、調子がグレードアップしてゆく過程が 面白い。 |
|
2003・2・8 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 33 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 5・17 イイノホールの東京落語会[五百羅漢]。7月13日13時45分、 放映予定。 5・18 黒磯で落語会。席亭は歯科医の矢島氏。 5・21 観劇、青年劇場「愛さずにはいられない」 5月下旬 ダウン、寄席休む。 6・ 1 10日まで新宿末広亭で企画公演で舞台落語[ほうじの茶]。 さん八、世之介の物真似、なにかと話題。 8、9、10の三日間、声が出ず、馬桜、吉窓が代演。 踊りで出演。窓輝と「槍さび」をデュエット。 10日間で「人の話の聞き方入門」、400冊売れる。 6・11 以後、寄席、休む。 6・13 日大の講義。窓里「二足のわらじ」の一席。 6・18 サッカーのテレビ観戦。韓国の気迫、日本とは比較にならず。 講座 北島洋一「楽器を作る楽しみ」 氏は柏市少年補導センター職員(美術の教員)。 笛をはじめとする各種楽器を自分で作って演奏する楽しみを、実作を示しなが ら熱っぽく語る。 オマケは全員で紙笛を作成する実技の時間。 北島氏のホームページ http://www.asahi-net.or.jp/~wl5y-ktjm/ タイトル「古楽と美術の小箱」、氏名「北島洋一」でも検索容易。 落語 圓窓[合羽橋] 話落語。 雨合羽を商っている河太郎は慈善家で、雨のたびに水びたしになるこの地の治 水のために資財をなげうって努力をしてきたが、財力の限界でついに作業を中断 せざるを得なかった。 ところがなんと、人間どもの作業の様子を見ていた河童たちが真似をして作業 を続けているではないか。 河童に負けちゃあいられないと、人々は気概で作業を続け、とうとう鳥越から 隅田川への掘割が完成した。 ところで、作業に参加した「カッパ」の数だが……、そう、その通り。(笑) 落語 圓窓[熱き思い] 三遊亭円朝作[椿説蝦夷訛(ちんせつえぞなまり)]の冒頭の部分の抜き読み。 原作では五稜郭の戦に破れた幕府軍の隊長、春日左衛門の遺児お嘉代の波乱万 丈の半生が語られるが、今回の抜き読みはその頭の部分。 育ててもらった恩ある養父に迫られる苦悩、好いた男との北海道への逃避行中 の喜びと悲しみ。西施もかくばかりかと思わせる美女の運命やいかに。 明治初期の雰囲気をたっぷりと伝え、余韻をもって結びとなる一席。 |
|
2003・2・8 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 32 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 4・18 日大での授業、本年度第一回。受講申し込みが191名。 4・24 落語紙芝居、出版社と相談。[ぞろぞろ][権兵衛狸]など候補。 4・26 29日まで四日間、企画ものの会(オフィス樹の稽古場) 4・30 4月21〜30日、十日間、五代目左楽追善公演。 5・ 2 日経新聞の取材。末広亭の6月1日から10日間の舞台落語につい て。 5・ 7 6月に本、出版。「人の話の聞き方入門」 5・ 9 カザルスホールで二木てるみの朗読会。 5・12 埼玉県三芳町コプスホールの?おとしで、「落語とギターのジョイン ト」。圓窓と無弦で。 5・13 高座舞いの稽古。 5・14 読売新聞の取材。 解説「トンチ話について」 「飛んでも杭」の復習からはじまって、昔話・伝説・現代民話の分類を具体的な 用例で解説。「サゲ」や「子供の活躍」に話を展開。一休、曾呂利、彦市、吉四 六などにも言及。 どうやら日大での講義内容のようで(笑) 落語 圓窓[木の葉] 民話落語。「附子」系の話。 和尚が一人でこっそり鮎の塩焼きを食べているのを小坊主にみつかり、あれは 「木の葉」だとごまかす。 和尚の外出にお供として同行した小坊主が和尚をやりこめる。 落語 圓窓[寝た振り] 民話落語。 爺さん婆さんの二人だけの家に泥棒が入る。 爺さんは寝床からおまじない(台所の臼に大事なものを入れると安眠できると いうおまじない)を泥棒にわざと聞かせ、寝たふりをしていて、泥棒を巧みにコ ントロールして見事泥棒を退散させてしまう。 |
|
2003・2・8 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 31 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 3・23 プロレス観戦 3・25 五代目柳亭左楽の法事、稲荷町の寺で。 3・27 三越落語会[火事息子] 3・28 これより、三日連続の句会。まず、はいとりがみ句会。 3・29 つづいて、四九八句会 3・30 そして、銀座俳句クラブ 3・31 クラブオンカードの係の応対、不満。 4・ 1 小朝「ぞろぞろ」の編集委員に。 4・ 3 二重作(ふたえさく)さんの陶芸個展へ。 4・ 9 日大、講師だけの懇親会。 4・11 本を出す予定。テーマは「聞く」 4・14 熱海でヨットの進水式に。 講座 大蛇「旧仮名遣いアレコレ」 旧かなづかいの誤用例をめぐって。 結論。これだけは覚えよう単語。 老ゆ・悔ゆ・報ゆ(ヤ行上二) 閉づ・怖づ・恥づ・綴づ・攀づ(ダ行上二) 付録1「治郎」(ぢらう)と「じらう」を区別して発音できる地方があったと いう話。 付録2 16世紀の「ナゾナゾ」。「母には二度会ひたれど父には一度も会は ず、ナニ?」 落語 圓窓[飛んでも杭] 民話落語。横浜市に伝わる民話を落語化したもの。 「這っても黒豆」の「杭バージョン」。 わかりきった間違いでも、いったん自分が言い出したことは絶対に引っ込めず 、自説を曲げない強情者の話。 アシの生えている川辺で二人の男が言い合っている。 一人が「黒くて細長く見える物は杭だ」と言ったが、どうやら烏らしい。 持参の握り飯を放ると、やはり、それは烏で、飛んで行ってしまった。 「杭だ」と言った男は動き出しても飛び立っても、あくまで「杭だ」と言ってゆ ずらない。 飛んで行った先へ行って、確認しようということになった。 見ると、烏は握り飯を食べていた。 言い張った男は言った「ほうら、杭杭(食い食い)」 落語 圓窓[火事息子] この会で以前(1982年11月)演じた演目の再演。 火事が大好きなのが元で、火消しになってしまい、親から勘当された息子が、 自宅近所の出火に駆けつけて、蔵の目塗りの手伝いをしたのをきっかけに親子が 再会する話。 クライマックスの父、母、息子、番頭の四者のやり取りの場面は芝居の名舞台 のような展開で盛り上がる。 父親の厳しさ、優しさ、母親の甘さ、番頭の気遣い、息子の鞠躬如のさまが見 事に描き上げられた。 |
|
2003・2・8 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 30 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 2・27 中野第九中学で地域のための文化講演。 3・05 歌舞伎座、一幕見「十六夜清心」。 3・08 「波動と健康食」からインタービュー。 3・09 釜石、料亭「魚てい」で落語会 。 3・16 富士宮、ギターと共演。 3・17 蒲郡落語聴く会[そば食い地蔵][妾馬] 3・18 踊りの稽古「コウモリ」 3・19 歌舞伎座、再び夜の部へ。 3・20 落語協会理事会。 落語 圓窓[雷和尚] 民話落語。栃木県足尾に残る民話を落語化したもの。 雷が村はずれの大木に落ちたが、天に戻るとき足を滑らし、腰をしたたかに打って 、戻れなくなってしまった。 雷は人間の姿で医術の心得のある寺の住職のところへ治療に行く。灸が効いて無事 に昇天。お礼に、人家には落ちないことと、暴れ川の川筋を代えることを約束して去 る、、、、。 落語 圓窓[妾馬] 長講45分、大作をたっぷり。 演題の意味がわかるようにサゲまでとマクラで振って、八五郎が馬に乗って帰宅す るまでを演ずる。 (ただしサゲは「前へまわって馬に聞いてくれ」でない、円窓師匠の工夫のもの)殿 様見初め、井戸替えの場面は円生バージョン。 しかし,随所に円窓師匠の工夫の伺える新鮮で熱のこもった[妾馬]。 |
|
コ ミ カ レ 見 聞 読 29 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌](先月1月16日は師匠の事情で「吉窓独演」) 1・01 大型店の通販の「お節料理」、同じ味で飽きる 。 1・06 石神井の老人マンションで落語会。 1・12 郡山へ(立松和平になりきる芸人の芸に感心)。夜、北とぴあ。 1・13 浦和市民寄席[桶屋裁き] 1・16 津で独演会。[ぞろぞろ][桶屋裁き] 1・17 船橋で年金受給者慰安会。 1・18 大船の寺。目黒(東京都職員研修センター)。新宿紀伊国屋[柳田格 之進] 1・22 豊島区の幼稚園の親を対象に講演。 1・23 花形歌舞伎(スピードが違い、キレあり)。東大病院へ宗匠のお見舞 いに。 1・24 日大13年度最後の講座(テーマは落語のテクニック) 1・25 札幌(萬窓、披露目) 1・26 池袋芸術劇場(藤沢周平作品の朗読) 1・28 名古屋、含笑長屋[甲府い][仏相撲] 1・30 木下さん指導の句会(四九八句会)の第一回。 2・03 静岡、長寿の会。円融寺豆撒き。 2・13 幼稚園の先生対象に講演と落語。 2・15 NTT関連の広報誌からのインタビュー。 2・16 岐阜落語を聴く会。[ぞろぞろ][火事息子] 2・19 青年劇場の芝居「ケプラーの憧れの星海航路」面白し。 落語 圓窓[そば食い地蔵] 民話落語。 「酔っぱらいがいたずらに、お地蔵さんをそば屋の前に置いたところ、それがキッカケ でそば屋が繁盛する」という短い民話がある。 それを膨らませて一席ものに。 舞台は小樽の近くの古平(ふるびら)。 ミステリー風の人情噺。 新鮮な薬味の葱の匂いが漂ってくるような後味のいい噺。 落語 圓窓[たらちね] 「コンチョウハ ドフウハゲシュウシテ、、、」の嫁(清女)の古典語(?)に戸惑う 八五郎さん。 お馴染みの滑稽前座噺。 コミカレ会員からの特別リクエストによる口演。 聞き馴れた噺でも師匠の手にかかると面白さはまた格別。 |
|
2002・5・09 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 28 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 11・22 中野区の仲町小学校で公開授業(四年一組) 11・23 竹の塚のそばやで落語っ子連発表会 11・24 永井路子作品の語りの会。古河へ。 11・25 保善寺、施餓鬼会。 12・2〜6 文化庁がらみの旅まわり(岐阜・愛知・富山・新潟) 12・14 ある研修会(経営コンサルタント) 12・18 踊りの稽古、来年の舞台落語のために。(落語協会二階で) 落語 圓窓[御慶] 八っつぁんが夢のお告げで富籤を買い、見事千両をいとめる話。 従来のサゲ(「ギョケイ言ったんでえ」「ああ、恵方詣りに行ったんだ」が小さんの サゲ)を改訂。 夢のお告げの「ハシゴ」を使って、、、。 落語 圓窓[担ぎ舟][仏相撲][夫婦竜] 12月2日から6日の旅で演じた民話ネタを、立ち高座で紹介・解説 1、木曽川の船番所を通行禁止の時間外に船頭が工夫して通り抜ける話 2、百姓の木仏と長者の金の仏とが相撲をとり、弱い筈の木仏が勝つ話 3、竜の化身の若い娘が城主の所に通いつめ、ついに夫婦の竜となる話 |
|
2002・4・26 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 27 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
落語 吉窓[居候講釈] 二階に厄介のジッカイの身の生薬屋の若旦那、講釈に凝って、人を集めて講談を聞 かせる。 真田軍記をよんでいるうちに他の話が紛れ込んできたり、田中真紀子が突然現れた り、内 容はめちゃくちゃ。軽快に調子よく語られているうちにいつのまにか脱線してしま う、その展開が実におかしい。 講義 赤沢[旅の楽しみ] 旅行の楽しみはその国の言葉を覚えてゆっくりまわること。 中国語のほか韓国語、ヴェトナム語を学び、今はモンゴル語に挑戦。 夢はロシア語を覚え、シベリア鉄道をとことこ旅すること、、、そんな内容の話。 対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌](圓窓師匠通院のため吉窓師がスケ) 9・21 車の免許更新。本籍の町名が変えられていることに気づく。 十人真打披露始まる。 9・22 二人芝居見る。ハンセン氏病の人が書いた本。 9・25 宇都宮落語会。[半分垢][五百羅漢] 9・26 鈴本、萬窓真打披露。 9・29 国立演芸場、品川心中の下(上は新内) 10・01 志ん朝亡くなる。 10・02 萬窓新宿披露目 10・05 名古屋、椙山女学院付属小学校で[ぞろぞろ]の授業。 10・07 歌舞伎座「おちくぼ物語」(宇野信夫作) 10・11 日芸。ただしろうさんさんとのつながり・なぜ落語かの骨子 10・12 句会。はいとりがみ句会。 10・13 朝日名人会。夜、句会。 10・14 芝居「赤毛のアン」観劇 10・15 萬窓浅草披露目 10・16 さいたま市浦和の道路協会で講演。 落語 吉窓[身投げ屋] 身投げをするふりをして同情を買い、金を稼ぐ男が、逆に身投げを救うハメになる 噺。 落語 圓窓[化粧地蔵] 東北の民話から、圓窓師匠の民話創作落語。 塩竃からの船出を祝うにぎやかな人出の中で兄妹のような縁ができた男と女の35 年後の定めは? 男が娘に与えた化粧箱の、その蓋と身が物語の展開の小道具として生きてくる。 |
|
2002・4・26 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 26 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 8・30 名古屋経営研究会で講演。 8・31 名古屋ドームで野球観戦(中日・横浜戦)。 9・01 烏山の菩提寺、圓生墓参。 9・03 圓生物語(国立演芸場)23回忌公演。 9・04 札幌、小学校教諭の集まりで講演。 9・05 小学校の同級生の谷口さんの母堂の葬儀に。 9・07 語り芝居を見る。「山月記」。[元犬]の逆の展開に興味。 落語化できないものかと、ふと思案。 9・09 芳賀で落語会、窓樹と。 9・11 ニューヨークでテロ。 9・12 橘家文蔵、死去。 9・13 芝居「カムサ ハムニダ」観劇。 9・14 ボロ(猫)衰弱死。 9・15 根岸三平堂で落語。 9・16 窓樹、萬窓襲名披露宴(東京会館)。 9・17 太神楽 鏡味仙之助の通夜(12日死去)。 9・19 日大から電話。柳澤睦郎さんのあとを受けて落語の講義を続けてほ しいとの依頼。受諾。 講義 圓窓[日大の講座] 来年一月まで週一で10数回(一回90分)の講義予定。 今日はその第一回目の「学習指導案」を公開、、、。 「なぜ落語か」というテーマで。 1、大きな声で(表を通る人にも聞えるくらいの声を出すこと) 2、思い描く(話を聞いて、その場の状況を想像する) 3、きちんと見る(演者は観客を、登場人物は対話の相手を見る) 4、人前で話をすることを好きになる。 落語 圓窓[首くくり松] 武家屋敷の土塀を越して見事な枝ぶりの松の木が通りに突き出ている。 そこを通る人がその枝ぶりを見るとつい首を吊りたくなり、とうとう「首つり」の 名所になってしまう。 その家の主は困り果て、夜番を置くことになった。 その夜番が不忍池で孝行者を大目にみてやったことのある人情味のある人物で、首 をつろうとしている者をつかまえて、、、、 (ひとこと) 彦六の正蔵師匠から「こんな噺があるよ」とあらすじを楽屋で聞いた小咄を圓窓師 匠が一席ものにした珍品。サゲが類推できてしまうので、やはり小咄向きの噺かなと 思う。 落語 圓窓[縁切り榎] 板橋の百姓の息子甚六は大変なドラ息子で、働かずに博打狂い。両親を泣かせてば かりいたが、母親の死をきっかけにすっかり改心して立ち直り、、、という内容の噺。 (ひとこと) 素材の紹介があっただけで、まだ一席ものにはまとまってはいない作品。 これから枝葉を付け、ふくらませていく予定とのこと。 青写真を見せ、土台の段階まで見せて、これからどんな建築物が建つのか期待させ る、、、この会ならではの実験高座。 |
|
2002・4・26 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 25 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 7・21 三鷹公会堂でチャリティー落語会。 7・23 帝国ホテルで10人の新真打ち記者会見。 7・25 成田教育委員会で講演会。 7・27 大船慈眼寺、お施餓鬼で一席。 7・28 円朝祭落語会、イイノ・ホール。疵つきの仏壇(名人長二、発端) 7・30 紀伊國屋落語会 7・31 協会の成田詣で 8・ 3 オペラ見学、国立市の小ホール。 8・14 映画「A.I」見る。テーマに疑問。 8・15 句会、根岸笹の雪で 8・18 小倉で落語会、松喬との二人会 8・19 萩で地ビール「村塾」飲む。推奨します。 8・26 歌舞伎座。野田秀樹版「研辰の討たれ」。壊しすぎに疑問。 講義 根岸紘[韓国話] 講演は圓窓師匠の高校時代のご学友、根岸紘氏。 海外でAV製造業に携わった方。韓国以外にも中国、インドネシア、マレーシア、 アメリカ、メキシコ等でも仕事をされ、その経験を通して海外生活での留意点を話さ れる。 落語 圓窓[胴取り] 博打ですってんてんになった男が酔った勢いで侍にからみ、本人がしばらく気づか ぬくらい鮮やかに胴と首を切り離されてしまう噺。 (ひとこと) [胴取り]は途中までは[首提灯]と同じ展開。 結末はずんずん先へ行ってしまった胴を首が呼び戻そうとする内容。 どぶ板の上の首が通行人や胴に向かって話しかける状況や目線が面白い。(小円朝 の持ちネタ) 落語 圓窓[飴女房] 萩の昔話から、、、、。 乳児と共に土葬になった母親が仮死状態であった乳児のために夜な夜な幽霊になっ て飴を求めて我が子を蘇生させる噺。 (ひとこと) [飴女房]は人情噺と怪談噺とがほどよくミックスされた噺。 助かった乳児が現在話をしている老婆自身だという設定は師匠の工夫と推察するが 、話に巾と深みが加わって結構。 |
|
2002・4・26 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 24 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 6・21 下北沢オフオフ・シアターで小野寺丈一人芝居。彼は[半分垢]を 熱演。 6・23 親戚の叔母の法事、谷中で。 6・25 池袋で一門会。踊りを披露。(和田さんの感想=泣けた!?) 6・26 高萩で講演会。聞き手はNTT幹部。 6・30 高校時代の学友の長唄を聞きに。 7・ 1 竹の塚のおそば屋さんに会場の下見。吉村夫妻と。 7・ 2 菊丸、喉の病気の相談に。皆藤先生を紹介す。 7・ 5 NHKラジオ番組の打ち合わせ。(鰻特集) 7・ 6「経済界」出版の雑誌「よみがえる」にインタビューを受ける。 7・ 7 鶴州の会(踊りの会)遅刻の珍談。(もう済んだか?!) 7・13「徹子の部屋」放映。「若い!!」の感想多数。秘密は念入りなメイ クにあり、とか。(コマーシャル中もメイクさん付きっきり) 7・17 NHKラジオ(鰻特集)、ナマ番組本番。 講義 丸田研一[百科事典について] 丸田研一氏は小学館百科事典編集者であり、圓窓師の高校の学友でもある。 1960年〜1970年は空前の百科事典ブームで、その収益でビルが建つという ドル箱出版であったが、現在では利潤が期待できない出版物になってしまった。 CD−ROMに活路を見いだすべく手を付けたが、金のかかる割りには売れ行きが 悪く大赤字である。 便利なようで意外に面倒だとの利用者の声もある。 今後の百科事典の方向。 1、インターネットの検索サービス。(有料) 2、CD−ROMも多少は。 3、書籍版もなくせない。(出版社のステイタスシンボルとして) 4、ブック・オン・デマンド(超大型複写装置とのこと)の導入で経費削減。 「ネットで百科」は3分間はタダなのでのぞいてみてほしいとのお話も。 落語 圓窓[名人長ニ・傷つきの仏壇] 指し物師の長二は腕は確かだが、気に入らないと出来上がったものでも壊してしま う一本気なところのある職人である。 客の注文でも本人が頼みに来なければ引き受けないし、納品の期限も決めない。 ある大店の旦那の注文の仏壇が待ちに待ってやっとできあがってきた。 手間賃をきくと百両だという。あまりにも法外な値に因縁をつけると、それだけの 仕事がしてあると長二は胸を張り、どんなに叩いてもびくともしないと豪語する。 売り言葉に買い言葉、旦那は木槌を振るって仏壇を激しく叩き続ける。しかし、仏 壇はびくともしない。旦那は自分の行為を恥じ入り、言い値以上の礼金を支払って詫 びるのだった。 (ひとこと) 円朝作。 今年の円朝祭(7月28日イイノホール)で師匠がかける予定の噺。 名人気質の描写が眼目のエピソードで、師匠の力演で長二の風貌、了見が浮き彫り にされる。 落語 圓窓[豆腐地蔵] 小石川近くの或る豆腐屋は繁盛していたが、ケチなところもあり、少しずつ豆腐を 小さくしていって、利益をあげようとした。 一日の売り上げを計算するために銭箱を開けて見ると木の葉が入っていた。 それが毎日続く。 どうやら、お寺の小僧が客として来るようになってから、木の葉の一件が起こって いるらしいと気づき、小僧の後をつける。 狐が裏に住むという瑞玄寺まで来たところで、これはやはり狐の仕業だと判断し、 もっていた包丁で切りつけると、小僧はパッと消えた。 その翌日から客に売った豆腐に切れ目と血がついていて売り物にならない。 あわてて瑞玄寺に詣で地蔵をおがむと、地蔵にキズがついている。 これは地蔵が戒めているのだなと悟って心を入れ替えた豆腐屋は、以前にました立 派な豆腐を作って売り、たいそう繁盛したという。 (ひとこと) 師匠得意の民話落語の一つ。 前半のミステリアスな展開から一挙に謎解きの頂点に達し、静かな結末を迎えると いう全体の構成のバランスが良い。サゲに鮮度がほしい。 <ついでに> 打ち上げ13人の大勢さん。 これだけ集まると話題分散。 唯一確認の共通の話題は落語っ子連発表会の日取り。11月23日(金)に内定。 来月(8月)のコミカレは8月29日(第5水曜日)に変更。 (あきらから ひとこと) こないだ師匠から百科事典のお問い合わせがあったので、何のことかと思ってたん ですけど、そ−ゆー事でしたか。 父方の実家に平凡社の百科事典がありまして、そこに遊びに行くたびに百科事典を 眺めていたことを記憶しています。 東京に出てきたばっかりのとき、セールスマンの口車に乗せられて21万円で百科 事典を買ってしまいました。 邪魔なので、今はありません。 その代わりCD−ROM版の百科事典を3万くらいで買って持っています。全然使 っていません。 「コンピュータは難しすぎて使えない」という本があるのですけど、そこにマイクロ ソフトがエンサイクロペディアを作ったときのエピソードが載っています。 操作方法がどうしてもプログラマー寄りになってしまって、一般の人には使いづら いものになってしまっているとの事でした。 本当にそう思います。 百科事典が面白いのは、パラパラめくったところに、思わぬ知識があるからですよ ね。 キーワード検索が充実していても駄目だと思います。gooleでWEB検索する 方がよっぽど便利です。 その時点での最新の情報がいつでも手に入ります。しかもタダで。 もっと百科事典らしい楽しみが必要だと思います。 書籍版の意味が(出版社のステイタスシンボルとして)なんだとしたら、物凄くか わいそうです。 書籍はコンピュータにないものを積極的に目指すべきです。 (モカから ひとこと) 小学館は私が幼少の頃、メジャーでしたが、ビルが建つほど儲かっていたのですか。 なるほど。 小学生のころ、学校を出ると校門の外でダンボールの上に教材らしきものを並べた おじさんがいて「この教材は成績がすぐのびる。それに今買うと、こんないいものが ついてくる!」といって、私達の心をつかみました。 が、先生たちが「あの教材は偽物。高額支払わされて逃げられる」といって両親の 心をつかんでいたので、私のいた地域ではほとんど売れませんでした。 あれは、どういう商売だったのだろう。いまだに疑問です。 最近の小学校にも出没するのでしょうか。 (あきらから ひとこと) 小学館の学習雑誌は本屋で普通に売ってて、子供はマンガ目当てで大人はマンガと の間の勉強ネタ目当てで買うわけですが、そのうち大人も「子供はマンガ以外は必要 としていない」という事に気がつき、いつしか買ってもらえない物になってしまうの でした。 今の常識だと考えられないですけど、僕の子供の頃は、学研の「科学と学習」は、 希望者のみですけど、学校で集金して配られてました。 子供の頃のあれは、面白かったなぁ。 もっぱら科学のフロクばっかりで、学習のほうは捨ててましたけど。 |
|
2002・4・26 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 23 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 5・20 右朝のおかみさんに記念の品を手渡しに行く。当人は肺ガンの告知 を受けていたが、周囲の者には伝えずに逝ったという。 5・26 東久留米にある成美会館で落語会。教科書に載った[ぞろぞろ]が きっかけ。 5・28「徹子の部屋」に出演、収録。7月13日放映。羅漢寺訪問のテレビ を見て、徹子さん自身のお名指しと聞く。 5・30 島田正吾の一人芝居「司法権」観劇。 6・ 4 寄席の日。新宿はガラガラ。業界の意識の低さを歎く。 6・10 伊勢原でギターの榎本氏とジョイント。 6・12 句会出席。 6・15 東京城北ロータリークラブで卓話(たくわ)。 6・18 芸団協企画ゼミに参加。広報誌についての情報交換。 6・19 踊り特訓。25日池袋一門会で披露の予定。 落語 圓窓[探偵うどん] このところ、頭突きのスリが横行している。巧みな逃走方法を用いているのでなか なか捕まらない。 今夜も下手人は一仕事終えた後、通りかかったうどん屋に言葉巧みに声をかけ、衣 装や道具を借りてうどん屋に成り済まして張り込みの網を通り抜けてしまう。 ところが、どっこい、天網恢恢疎にして漏らさず。意外な結末が待っていた。サゲ の「いっぱいくわされた」が謎解きのヒントになる。 (ひとこと) 今回は期せずして二席ともミステリー落語。ミステリーでのマナー(?)を守って 「あらすじ」では謎の核心には触れず。 [探偵うどん]の速記本は三遊亭小円朝のがある。(『三遊亭小圓朝集』青蛙房)明 治に匂いのする噺を師匠は時代を江戸に置き換えて演じる。 [目明かしうどん]という演題はどうだろう。 落語 圓窓[鰹千両] 大店の呉服屋「川口屋」の番頭が、しがない棒手振りの魚屋の家を訪れ鰹を売って くれという。 一匹二分が相場の鰹に千両を払いたいという。 そんな法外な値段で商売するわけにいかないと魚屋は怒り出す。 番頭は千両を置いて逃げるように立ち去る。 魚屋は当然すぐにその金を返しに行くのだが、呉服屋の主人は魚屋を丁重に座敷に あげ、涙ながらに意外な事実の告白をして魚屋に訴える。 「双子は畜生腹」と言われた時代の親子の悲しい物語である。 (ついでに) 今回は講義なし。 女性の受講生新たに二名参加。うち一名はそば屋のお嬢さん。打ち上げにも参加。 落語っ子連の発表会の「会場確保」(?)で話題もりあがる。 |
|
2002・4・23 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 22 |
|
文責 ただしろう |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 4・24 明治座鑑賞。「近松心中物語」蜷川演出。評判通り迫力あり。 4・30 ギターと落語二人会。埼玉県大井町にて、ギターの榎本さんと。 5・02 護国寺に大久保利通の墓があると聞き訪ねるがなし。青山霊園の間 違いとのこと。 5・04 チャッキーさんを全生庵と谷中墓地へ案内。 5・06 国立演芸場で五百噺達成記念落語会。盛況に感謝。 5・14 三越落語会、五百回記念に出演。出演者は、小さん、文治、小三治、 歌丸、圓窓。 5・16 昼席、末広亭を勤め、コミカレへ。 講義 ただしろう[映画鑑賞論] 4月から埼玉県立芸術総合高等学校の非常勤講師を務めているので、その体験談。 なお、そこでは、落語関連ではなく、映像鑑賞を担当しています。 落語 圓窓[年枝の怪談] この噺は、彦六の正蔵師匠が演じていた噺で、実在の噺家の逸話を一席にしたもの らしい。 何代目かの春風亭柳枝の弟子で年枝という噺家が主人公。 柳枝師匠と一座を組み、巡業中の話。 ある夜、年枝が高座のあと、宿で按摩をとる。 この按摩が自慢家で、療治をしながらの年枝との世間話が、お互いの自慢話になり、 互いに柔道の心得があると言い張り、按摩と柔道の手合わせをする羽目になる。 それが、年枝の方が腕が勝り、本当に絞め殺してしまう。 トリの柳枝は宿に戻ってなく、年枝は黙って一座を逐電。一人で田舎回り。 あるとき、殺したと思った按摩を客席の中に見つける。宿の湯へ入ると、そこでま た按摩に出会う。 怖くなって逃げ出して、もう落語はやめて、寺男に住みこんで日を過ごす。 ある日、柳枝一行の看板を見て、柳枝に再会。 これまでの顛末を話すと、柳枝は「あれは死んではいない。今も元気だ。もう一度 一座に戻れ」と言う。 喜ぶ年枝に一座の面々を呼んで柳枝が「めでたく手を締めようではないか」という と、年枝が「もう締めるのはこりごり」 (ひとこと) 風変わりな怪談で、自慢を戒める教訓も含んで、興味ある展開。 圓窓師匠の怪談の場面は怖さも充分で、それが妄想だったと知っての明転が快い。 落語 圓窓[虚空蔵菩薩] 長崎の民話噺。 山の頂上に虚空蔵菩薩像が安置され、土地の人の信仰を集めている。 珍しいのは、口の周りに味噌をつけている。 昔、日照りのとき、喉の乾きが大変だろうと村人が味噌をつけたら、大雨になった というので、それから味噌を付けるのが習いになったようだ。 ある年、日照りがひどく、味噌では足らないと、村人は、山から担ぎ下ろし、海の 塩水におつけする。しかし、霊験は現れない。 ある夜、村人達の枕もとに虚空蔵菩薩が立つ。 「具合が悪いので薬師如来に診てもらったら、塩分の取り過ぎと言われたよ」 (ひとこと) 過ぎたるは及ばざるの譬えを「塩分の取り過ぎ」と現代風に納めて、短編ながら、 楽しい一編。 山から苦労してわざわざ菩薩様を担ぎ下ろす村人の描写がユーモラス。 |
|
2002・4・23 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 21 |
|
文責 流山 大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 3・22 長野市のパチンコ業界の雄、ダヴィンチで講演。業界イメチェンの 一環としての研修会でもある。 3・23 東京FM、5分間の番組に出演。ただし、東京では聞けず、地方に 番組を売るという形で流されるとのこと。 3・24 金沢文庫の生涯現役会で講演。落語のあとに出演予定のジャズのリ ハーサルの音に悩まされる。 3・28 小作さん(96歳)の書道展を見る。 3・30 五反田ヨーガ教室のトークに出演。 3・31 俳句評論家、秋山氏の出版パーティに出席。俳人の挨拶の下手さ加 減に唖然。句作のようにはいかぬらしい。 4・04 NHKラジオ番組、日曜訪問、録音。(放送は4月15日朝) 4・05 一文オペラの会、日本の歌曲「初恋」を練習。 4・10 函館で高田屋嘉兵衛の漫画原画展覧会を見る。 4・13 NHKTV"For You"で五百噺ドキュメント放映。 落語 圓窓[にゅう] 骨董商が茶会に誘われた。しかしその招待主の人柄が気に入らないので奉公人の与 太郎を代人として行かせる。 しかも、もし相手が茶器などを自慢気に見せたら、これには「にゅう」があるとけ ちをつけるように与太郎に知恵をつける。 「にゅう」とは符丁で「キズ」のことである。 与太郎さん、言われたとおりにやるが、長いこと座っていたのでしびれが切れ、転 んで怪我をしてしまう。 悲鳴をあげて言うことには、、、、、「にゅうが痛んでなりません」 (ひとこと) 円朝全集に載っている。 司馬竜斎の原作を円朝が改作したもので、別名[茶器の鑑定]。 原作ではサゲで香炉の火を食べてしまう滑稽があるが、円窓師は上記のように変え た。 今日では演り手のない珍しい噺。 落語 圓窓[源五郎鮒] 琵琶湖畔の漁師、源五郎は船上で生れた。 のんびり育ったせいか、ぼんやりした男に成長した。 しかし、根はやさしく、ある時、湖畔で怪我をしている娘を助ける。 看病をするために家に連れ帰り、娘はそのまま源五郎のもとにいついて女房になる。 五年経ったある日のこと。 いやがる女房を無理やり連れ出して船で漁に出る。 一匹も魚が網にかからない上、俄かに湖が荒れて船がひっくり返ってしまう。 水に戻った女房が源五郎に救いの手をのべ、源五郎も鮒になって命拾いをする。 源五郎曰く「船ではじまって船で終わった」(鮒ではじまって鮒で終わる) (ひとこと) お馴染み「鶴の恩返し」のサカナ・バージョン。 湖上での遭難場面のドラマチックな展開は感動的。 < 圓窓から 大蛇さんへ > [にゅう]はどうにもなりませんが、[源五郎鮒]はなんとかなりそうです。試行錯 誤中。19日、浅草演芸ホールで演ってみました。 この手の動物婚にはいろんなバージョンがあるので、それだけに、なんとか仕立て てみたくなりました。 二人が高齢まで添い、子、孫もあり、という設定にしようかとか。 で、病になり、静かに死を迎えようとする二人という設定。 つまり、現代社会を反映させようかなとも思っていますが、欲張っているかな。 |
|
2002・4・23 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 20 |
|
文責 ただしろう |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 2・16 足立区の扇小学校で公開授業。落語教科書による授業を行う。 授業後の生徒の要望では[金明竹]が聞きたいという声あり。 2・18 紀伊国屋落語会。[浅草の招き猫]を演ずる。 2・20 毎日新聞のインタビュー。名古屋含笑寺の五百噺が完結するので。 2・22 青年劇場の芝居見物。チエーホフの「かもめ」 2・28 宮崎県門川町で講演。旭化成のお膝元。 3・03 北海道・釧路の小学校で落語の授業。 3・06 目黒五百羅漢寺へお詣り。名古屋で[五百羅漢]を演じるので。 五百というが今は二百くらいだと思われる。持って行かれたりいろ いろあるらしい。このお寺の隣の不動様は戦火に遭ったが、焼け残っ たという。始めは本所の五つ目にあったが、明治42年にここに移設 された由。羅漢さんは等身大近くありスケールが大きく見事。 3・07 筑波大附属小学校で落語の授業。ここでは、あと[寿限無]を聞き たいという声あり。 3・09 名古屋の五百噺の完結。 3・10 大分県竹田市で講演。ここは滝廉太郎氏の出生地。「荒城の月」が 教科書から無くなるというので地元で大反対コールの結果、残ること になった由。 3・12 産経新聞の取材。 3・13 日経新聞の取材。 3・14 新宿末広亭の2階楽屋で林家木久夫に稽古。彼は木久蔵の息子。 3・16 飛騨高山の十六銀行ので講演。陣屋の展示品で山岡鉄舟の俳句を知 る。14歳のときの作で、降る雪と力比べや松の枝。 3・17 ロシヤの女性歌手の独唱を聞く。その迫力には驚いたが、最後に日 本の歌を日本語で披露。「落葉松」という歌で感動。 3・19 船橋の市場小学校で落語授業。そばに大きなJR社宅。 3・20 世田谷下北沢の森巌寺で落語会。 落語 圓窓[風邪の神送り] 「この噺は、亡き林家彦六師匠が演じていたが、ほかにやり手はなかったようだ」と いう前置きで噺に入る。 風邪が流行るので、町内でも「風邪の神送り」をやろうということになり、奉加帳 を作って大きな商家を回る。 なにがしかの金ができたので、神輿のような担ぎ物をこしらえて、「送ろう、送ろ う、風邪の神送ろう」と練り歩く。 挙句に海辺へ行って放り込む。たまたま、網打ちを楽しむ客がいて、この風邪の神 が網にかかる。 神様だからと、網からはずして逃がす。別のところへ行って、網を打つと、また風 邪の神がかかる。「どうして網にかかるんですか?」「私の弱み(夜網)につけこむ」 というものだが、医学もまだ発達していない頃の風習が描かれていて面白く聞いた。 また、このあらすじには省略したが、奉加帳を作って金を算段に歩く町内の連中は、 「金が集まったら、行事は早く済ませてみんなで一杯やろう」というのが目的で、「 風邪の神送り」を楽しんでいる様が窺え、聞き手も共に楽しめた。 なお、落語事典によると、彦六師のサゲとは違うので、このサゲは師匠の創作によ ると思う。 落語 圓窓[竹田の三題噺] これは、まるまど日誌にもあるとおり、先日訪れた大分の竹田市で、講演の中で御 当地の名物を題として、即席に披露したお題噺である。 取り上げた名物は@姫達磨 A腹太餅(はらふともち、煎餅のようなもの)B竹田 焼(焼き物)C名水(名水百選にも選ばれている)Dお客屋敷 E十六羅漢(十六石 仏)の六つ。 ある年、お客屋敷に泥棒が入り、翌日訪れる十六人の客をもてなす品々が全くなく なった。そこで、町にある品物を揃えて出すと、大いに喜ばれる。最後に名水でお茶 を出すが、これは何だと聞かれて「十六薬缶」 当意即妙がなければできない噺で、経験と深い知識の裏付けがなければ成立たない。 師匠ならではの一席で地元も大いに喜んだことでしょう。 |
|
2002・5・23 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 19 |
|
文責 ただしろう |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 1・11 この日から師匠は風邪でお休みをとられたようですが、20日から 活動再開。 1・20 前橋で読売新聞販促班の主催の落語会。メンバーは師匠のほか、窓 輝と、漫才のこうた、ふくた。 1・24 宇都宮で日本信号会社の信号寄席。師匠のほか、助六、窓輝。日本 信号は自動改札の仕事もやっている。 2・03 毎年恒例の、目黒碑文谷の円融寺で節分の追儺豆まき。 2・04 遠州磐田で落語会。歌丸師の代演。ほかに好楽、楽太郎。磐田はサ ッカーが今は有名だが、とんぼ、干し芋が名物。蒸かした芋を切るの はピアノ線とか。珍しい事を知る。 2・13”ぞろぞろ”の編集会議。 2・17 浅草の古書店で珍しい本を求める。「名数数詞辞典」「甲子夜話」 松浦静山著。この甲子夜話の中から正蔵師が演じていた。 2・20 毎日新聞の取材を受ける。 講演 窓樹[真打を控えて] 昨年11月18日に知らされたが、その前15日からグアムへ落語会で出張してい た。 メンバーはほかに三遊亭金時。五明楼玉の輔。グアムでは今問題の潜水艦試乗に参 加したり、横井さんの遺跡をロープウエイで訪ねたりした。 そして 帰京後、真打昇進を通知された。 真打を機に改名するとのことで、「初代三遊亭萬窓」を名乗る事にした由。個人的 印象だが、風格があり、いい名前だと思う。落語はいろいろな面で、知れば知るほど 奥深く、よろずの窓が開いているとも言える。 どうか、いい噺を聞かせていただけるよう、期待申し上げるものです。 落語 圓窓[五百羅漢] この噺は、名古屋の五百噺最終日に演じられる噺の由。 従って、ここにあえて、ストーリーは紹介しません。 一言、申し上げれば、最終篇にふさわしい暖かい愛情溢れる噺です。 ご期待のほど。 |
|
2002・4・23 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 18 |
|
文責 流山大蛇 |
|
|
|
当日、師匠、にわかの発熱で、ノドをいため、[まるまど日記]のみで、吉窓師匠、 代演二席(松竹梅・宿屋の仇討ち)でした。 円窓師匠。 お体、お大事に。 師匠なしの打ち上げ、例のところで、さびしく、賑やかに実施しました。 |
|
2002・4・23 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 17 |
|
文責 ただしろう |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 11・19 飯田橋で障害者と家族の集いに出演。 11・22 大久保にある俳句文学館へ。角川源義展を見る。 11・24 三越落語会に出演。 11・26 落合の保善寺で落語会。 11・28 長野市で落語会。 11・29 東京のさるお屋敷で落語会。 12・上席 国立演芸場トリ。企画ものの[芸沢山曲手質屋]を楽屋総出演で 披露。 12・15 意識を高める経営研修会の忘年会で雅叙園へ。桂小金治さんと逢 う。 12・18 西麻布のイタリアン料理店で、カンツオーネの発表会。 12・19 句会。歌舞伎の獅童さんの母親も会員。 落語 圓窓[ミシンの涙] 売れない噺家が、身内の祝儀に出るのに包むお祝いの金もない。 女房が蛇の目ミシンを踏んで生計を助けているが、そのミシンを質入して用立てよ うと言ってくれる。 質屋は「鬼の質屋」と言われている厳しい質屋だが、番頭がいい人で貸してくれる。 質屋では、夜中。主人の耳にミシンの音が聞こえる。夢かと思うが明くる晩、やは りミシンの音が聞こえる。行ってみると、蔵のミシンが音を立てており、見ると、針 から水が垂れている。ミシンに問いかけると、「蔵の中のミシンはただの物でしかな い。それが悲しい」と言って消えた。 主人は物の心に打たれ、翌日、番頭を呼び、落語家の女房に蔵の中でミシンを踏む ように言ってやる。喜ぶ女房。質屋の蔵へミシンを踏みに行く。 番頭「鬼の目にも涙ですね」 主人「いや、蛇の目にも涙さ」 この噺は師匠の古い知己の木村しゅうじさんという漫画家から「実際に体験したこ となんですが」と聞いたものを脚色した由。 ミシンがシャカシャカと音を立てる擬音がそれらしく、しみじみと身に迫るいい噺 だった。 講義 赤沢[世界の国語] 講師は英語、中国語、韓国語に通じ、その方面でも活躍されているが、これからベ トナム語をマスターしようという意気込みでおられる。 外国語のマスターは、字や文法から入るのでなく、耳から入れ、というのがこの日 の趣旨で、ご自身の体験から、自信をもって話された。 現在、氏の家ではテレビの下端は、テープで目隠ししてあるそうだ。そこはニュー スでも映画でも外国語の日本語訳が映される場所だからだそうだ。 目を開かされた思いだが、実行はむずかしいというのが実感。 落語 圓窓[笠碁] お馴染みの噺。師匠のは三遊亭小圓朝さんからのものの由。 あっさりと、くどくなく、聞きやすい笠碁だった。 同じ噺でもいろいろな感触を得られるのが嬉しい。 |
|
2002・4・22 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 16 |
|
文責 流山大蛇 |
|
|
|
対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 10・20 青森NTTフェスティバルで講演。 10・21 札幌で落語会。漱石の『三四郎』と[お花半七]の関係について もについて披露。 10・22 昭和大学医学部で落語会[お花半七]。 10・24 角川春樹主宰のはいとりがみ句会に初参加。 10・25 館山の選挙管理委員会で講演。 話題がたまたま石器発掘捏造事件に及び、赤沢氏得意の分野のた め、氏は熱弁をふるう。 10・29 足寄(あしょろ)で講演。 11・ 5 九州、五島列島、岐宿で。 11・ 9 油絵展。盲人のための手でさわって鑑賞する絵画も展示。 11・10 仙台の先の矢本町でNHK「真打競演」収録。[権兵衛狸] [権兵衛狸]のマクラとして、師匠が立ち寄った地元の図書館で同 町に伝わる民話「お地蔵さんとわらべ」を落語化して[戯れ地蔵] と題して口演。放送局では両方使うと言っているとか。 11・14 昼、歌舞伎鑑賞。 11・15 千葉県八千代市新木戸小学校四年生150人に落語の授業。 八千代市の小学校は[ぞろぞろ]の載っている教科書を使ってお り、すでに習っているので、きわめてノリがいい。 落語 圓窓[戯れ地蔵] 荒れ果てた地蔵堂の地蔵はいつも子供たちの遊び相手だった。 お堂の前が原っぱなので、大勢の子供達が毎日遊びに来て、地蔵をお堂からひきず り出してはころがして遊ぶ。おもいなしか地蔵も楽しそうである。 夕方、子供達が地蔵を放り出して帰ってしまうと、きれいに洗って元の場所におさ めるのは近くの畑からの帰りの作兵衛、お作という老夫婦の役目だった。 ある晩、地蔵が夢枕にたって、お礼に今度は私があなた方をきれいにしてあげよう と、翌日、入浴中に垢と皺とを落として若返らせてくれた。 一方、隣のいじわるじいさん・ばあさん夫婦は、子供らの声がうるさいからと言っ て子供達が地蔵堂に入れないように板を打ちつけてしまう。 怒った閻魔大王があらわれて、二人を金縛り状態にしてしまう。 許しを乞うと慈悲深い地蔵が「堂の板を外すように」と言って助ける。 なんとか這って行き、板を外すと手足は動くようになったが、首が動かない。 地蔵は二人に一文ずつ与えた。「金が入れば、首がまわるようになる」 二人が金の出所を心配して問うと、地蔵曰く「ジゾウ手当が出ている」 (ひとこと) 泥だらけになって元気に遊びまわる村の子供達の姿がいきいきと描かれ、やがて不 思議な報恩譚が展開してゆき、師匠独特の民話の世界に誘われてゆく。 地蔵自身は終始腹を立てないという設定もいい。 落語 窓輝[転失気] がんばる窓輝。 教わったものをそのままそっくりなぞってやっていてはいけないと自覚、工夫をし ていきたいとの頼もしい発言あり。 未だ自分を出しきっているとは言えないが、努力のあとが見えて期待できる。 [転失気]は右朝師から仕入れたものとか。サゲも右朝バージョン。 そのサゲを記す。 苦し紛れに和尚さんが「寺方でも盃のことをテンシキと申します」 医者が「いつ頃から?」 「ナラ、ヘイアン時代から」 |
|
2002・4・23 UP |
圓窓コミカレ五百噺 | |
コ ミ カ レ 見 聞 読 15 |
|
文責 ただしろう |
|
|
|
対談 円窓・赤沢[まるまど日誌] 9・27 紀伊国屋ホール出演。[将棋の遊び]を演ずる。この日、小さん師 はトリで、時間をかけて[竹の水仙]をたっぷり演じたが、口演後「 ほとんど思い出した時間かな」と苦笑。 9・30 鶴見の総持寺で仏笑落語(講演と落語[ぞろぞろ])を。 10・03 新宿末広亭。[権兵衛狸]を演ず。客席で聞いていた角川春樹氏が 噺の中(蕪村の句、柳田国男、折口信夫)に俳風を感じて喜んでくれ た。 10・06 知人の古稀のパーティーに招かれ、お祝いの言葉を述べる。 10・07 文京高校創立60周年記念式典で「小学校の教科書に落語が載った 」と題して記念講演。当高校は師匠の母校。式典では生徒の私語が多 く、先生も大変。そのあと、師匠が上がったが「私語はいつでもで きる。先輩の話しは今度いつ聞けるがわからない。耳を傾けるべきだ 」(意訳)と冒頭に話し、私語は自然に封じられた由。 10・08 芝居「ジーカード」観賞。 10・09 新宿末広亭で紙切りの"三代目林家正楽"の襲名披露で「初代名人二 代目鬼才 この三代目 神業に」の祝いの都々逸を添えて、口上を述 べる。 10・18 角川春樹事務所で、落語のホームページを作りたいとのことで、ア イディア提供。 随談 円窓[火鉢物語] この日、圓窓師は少々のどの調子が悪く、この随談のみの高座。 このほど、NHKTVで生活に要する道具をシリーズでまとめることになり、その 一つとして「火鉢」を取り上げ、師匠に話しを聞きたいとのことで担当者と話し合っ た。改めて考えて見ると、落語の中では、それと名指さないでも、火鉢を描写するも のが多く、興味深かった。近く放映があるはず。 講義 二又[江戸の本] 二又講師は、早稲田大学院で江戸時代の本を研究している方で、その造詣を披露さ れた。今でも、意外に容易に手に入るもので、貴重な物も多いとか、大判ものが値が 高く、小判ほど安いなど、現物を展示されての興味深い話を伺った。 落語 窓樹[近日息子] トリは窓樹さんが勤める。お馴染みの[近日息子]。キッチリ描いて、面白さを再 確認する。 落語は、何度聞いても、新しさを感じられて嬉しい。 |
|
2000・11・23 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 14 |
|
文責 大蛇 |
|
|
|
今回のレポーターはただしろう欠席のため、流山大蛇が相勤め申し候 講演 石崎津義男[バリ島の旅] コミカレ常連の一人、石崎津義男氏によるバリ島旅行報告。 地形、風土、習慣、観光などの興味深いお話があり、「イスラム教」についても 詳しい説明がある。 対談 円窓・赤沢[まるまど日誌] 8/20 演劇「女殺し油地獄」明治時代版を鑑賞。 8/24 盛岡で岩手日報の落語会。同行の小金馬にスミ取り文字を教わる。 8/30 我がパソコンのサイト師に、DVD映画が見られるように設定しても らう。 8/31 角川春樹氏に会い、句集を貰う。父である角川源義について話が聞け て感動。 9/02 原宿のレストランで、ヨーガス長屋のメンバーの楽女さんの音楽コン サートを聞く。 9/03 円生物語 三の巻(国立演芸場)。 9/10 小田原の落語会・菜の花寄席。 9/11 歌曲の赤トンボを習う。 9/12 歌舞伎座鑑賞。芝翫の孫三人お披露目に拍手。 9/13 鶴見総持寺で落語会の打ち合わせ。 9/14 NHK東京落語会(放送用録画)で、[明日ありと]。 9/16 青年劇場の芝居鑑賞〔島清 世に敗れたり〕。 9/17 前橋の芳賀の会へ。そこで耳にした「前橋・高崎の争い」は面白い。 創作落語 円窓[お多賀さん] 江州の多賀神社は霊験あらたかな神社で、長寿祈願、病気平癒などの参拝者が後を 絶たず、お供え物も多い。そのお供えものを狙う常習の夫婦ものがいる。 神社では盗みの現場をつかまえ、説諭し、金を恵んで真面目にやれと言って許してや る。夫婦者がその金で博打に手を出すと、これが面白いようにあたって、増えてゆく。 しかし最後の大一番ですっかり元の木阿弥になってしまう。 多賀神社でまた金を恵んでもらうが、女房がドロン。すっかり悲観した男、死のう と思ってフグを食べたり、首をくくったり、川に飛び込んだりするが、どうやっても 死ねない。 と、突然狼の大群が現れ、男を追いかけてくる。男は急に命が惜しくなり、必死に 逃げて、這々の体でたどり着いたのが多賀神社。 神社の者に呼びかけられハッと目が覚め、夢だったことに気づく。狼に追われてな んとか命拾いをした話をすると、「狼は大神にはかなわないのじゃ」 (大蛇 ひと言) 「円生全集・追悼編」に載っている。昭和41年NHKの東京落語会・新作落語特集 のために、長谷川幸延が書きおろし、円生が担当して演じたもの。 作品解説をみると円生自身「作そのものが、どうもあまり感心するものではない」 と言っている。 円窓師は骨組みはほぼ原作に忠実に演じたが、博打にのめり込んでゆく経過を丁寧 に描き、狼に追われる場面を夢にしてしまう工夫もしている。サゲは男が「いくら多 賀の神さまでも、狼(大神)にはかないません」が原作だが、これを「あらすじ」に 記したように神官が多賀神社側から発言するように直している。 次々と意外な展開をしてゆくところが、この話の面白い点だといえる。 創作落語 円窓[浅草の招き猫] 浅草で「雷餅」を売っている餅菓子屋「雷屋」は爺さん婆さんの二人で営業してい る。 この家にはゴロという猫が一匹いて、その猫の蠅をとる格好が可愛いと近所の子供 たちが集まってくる。 遠慮深いカナちゃんもそのうちの一人。 優しい爺さん婆さんは、その日の店じまいの残り物の餅を子供たちにあげるのだが、 カナちゃんはいつも最後に残った小さな餅をとるのだった。 そのカナちゃんの母親が亡くなり、爺さん婆さんがひきとることになった。 順調に商売を続けている「雷屋」を強引に買い取ろうとした男が何人も人をやって いやがらせをし、追い出そうとするが爺さん婆さんはびくともしない。 最後に腰に二本指した侍がやってきて強談判。爺さんをつき殺してしまう。 猫が敵討ちとばかり、侍に飛びつくが、首をはねられてしまう。しかしその首が侍 の首に食らいついて絶命させる。 猫の菩提を弔い、猫が蠅を取ろうとしている姿をカナが作って仏壇に据えると、こ の像が客を招いて、以前にもまして店が繁盛する。 餅のほかに、この招き猫も大量に生産して、これも評判で飛ぶように売れる。 さて、15年の時が過ぎた、、、、。 餅屋の店主となっているカナが、今日最後の「招き猫」購入者だけに、像に着せる 着物をプレゼントしている。 着物の由来や幼い頃の最後の餅の話を客に話すと、客が「残り物にはフクがあるん だ」 (大蛇 ひと言) 上演にたっぷり30分以上はほしい大作。 上記のあらすじでも書き落とした大切なことが二点ある。 爺さん婆さんがカナの取るだろう餅に一分の金を忍ばせてやる人情や、婆さんがカ ナの母親のために着物をおくる思いやりである。 劇的な場面が連続する大きな話である。 11月9日(木)夜、浅草東洋館で行われる「落語望年会」での円窓師の演題にこ の噺が予定されている。 |
|
2000・9・26 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 13 |
|
文責 ただしろう |
|
|
|
対談 円窓・赤沢[まるまど日誌] 7・20 観世の能楽堂で、大鼓(おおつづみ)の会を観賞。その迫力に驚く。 後日、大鼓を試打させてもらったが、音が殆ど出ないのでまた驚いた。 27 昼、天乃家白馬に[将棋の遊び]を稽古。 夜、古今亭右朝を見舞う。喉の病気で入院中。早い回復を祈る。 30 外国映画〔ハリケーン〕を観賞。 31 協会恒例の成田詣で。 8・上席 出番の並ぶ小満んとリレー落語を試みる。新宿末広。 3 小正楽、正楽襲名挨拶に来訪。披露興行中、トリを取る。色物のトリ は異例でありめでたい。 5 毎年恒例の西武ドームの渡辺邉美里公演。観賞。 9 歌舞伎観賞。〔富樫〕。 〔愚図六〕と 11 落語指導。当コミカレの講師をした二人が落語を演じたいと申し出あ り、稽古をした。芸名、三流亭圓ドル(銀行家)さんと、同無弦(ギタ リスト)さん。演題は「夕立屋」[洒落番頭] 12 池袋芸術劇場で演劇〔リトルヤンキース〕を鑑賞。音楽担当が師匠の 知人。小ホールの舞台でナインを配置しての野球演技には驚いた。 13 歌舞伎観賞。〔四谷怪談〕。 創作落語 円窓[鯉幟の由来] 江戸は山の手。武家屋敷が並んでいる。端午の節句も近く、旗を立てて華やかな 街並みを町人の子供が疲れた様子で歩いている。 それを見た通りがかりの武士が声をかける。 「疲れているようだが、どうした?」 「お屋敷の旗を見て、紋の当てっこをして歩いていたが、疲れてしまった。われわ れ町人には旗なんてないし、羨ましいんだ」 家を聞くと、神田紺屋町の坂田屋という。 翌日、この店を訪ねた武士、妙な注文をする。 長さ3間くらいの厚手の布地に赤い鯉を染め抜いて欲しい。もう一枚、それと裏 返しの図柄で同じ赤の鯉を染めて欲しい。それから、同様にあと二枚を使って黒い 鯉を染めて欲しい。 5月4日、武士が訪れると注文通りの鯉の布地が四枚出来ている。 さらに、「これを赤は赤、黒は黒で図柄の裏表が合うように縫い合わせて貰いた い。二枚の鯉の旗ができた。それを竿に立てればよい旗指物になろう。早速、立て て子供達に見せてやってくれ」 子供達は大喜び。嬉しさを体中に表して、はしゃぎ回る。 これを見て件の武士、 「子達は喜んでおるな。声(コイ)が一層大きくなった」 講義「明治の文豪の俳句と落語」・茅野達雄 明治の文豪と落語といえば漱石が有名だが、今回はその漱石と親しかった子規に スポットを当てる。 茅野講師は万余の子規の俳句から落語の匂いのする俳句を選び出し、研究された。 (これだけでも大変な労力と知恵の結集である) そして、結論として、「教科書に必ず掲載される病床の句より、こうした生活感 のある俳句こそ教科書に載せるべきではないか」とされた。 慧眼である。 落語 円窓[権兵衛狸] この噺、9月3日の〔圓生物語〕で師匠が出す噺である。勿論、お馴染みの滑稽 噺だが、圓生師もこれを演っておられたという。 これは私も意外だった。確かに圓生師の匂いのしない噺だ。 あらすじは省略するが、飄逸な狸像と権兵衛さんの人情が縒り合わさって楽しい 噺となった。 本日、コミカレに新加入の方あり、紹介。菅野真樹さん、28歳。現在の会員で最 若年。浪曲も趣味の由。かわら版で知ったとのこと。 |
|
2000・10・22 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 12 |
|
文責 大蛇 |
|
|
|
今回のレポーターはただしろう欠席のため、流山大蛇が相勤め申し候 対談 円窓・赤沢[まるまど日誌] 6・22 円窓一門会(池袋演芸場) 24 歌舞伎、鑑賞。 25 長野県更埴市の敬老会、出演。 27 落語協会理事会。志ん朝、ゲキ痩せ。(円楽も又、、、。) 7・ 1 演劇、鑑賞。鈴木聡「ヒゲとボイン」 4 長野県塩尻市、真言宗伝導大会に出演。 10 歌舞伎、鑑賞。「宇和島騒動」 12 歌舞伎、鑑賞。「義経千本桜・川連法眼館」(猿之助宙乗り) 14 圓窓五百噺を聴く会(名古屋)。鹿児島のファン、はるばる来名。 15 中法人会で落語。徳川美術館見学。 18 初勤務先が遠島の大島の高校だっという、家庭科の教師、国立演芸場 で12年振りに落語鑑賞。 創作落語 円窓[三文鐘](石川県の昔話) 人を煙にまくのが得意の三右衛門、仏具屋の店先で小さな釣り鐘でたっぷり店主 をからかった後、大きな釣り鐘を有り金全部はたいて三文に値切る。 三文になぞ「成らない」と言われ、三右衛門は三文の金を鐘にぶつけ、三文に「 鳴った」と言い張り、さっそく運び出すのに「人足」をつれて来ると言い出す。 店主「こっちは二足三文になった」 小さな五つの鐘の音色の違いを楽しむ(?)あたりの前半はいかにものどかな民 話の雰囲気が出ていて面白い。 後半の思わぬ展開に店主もあっけにとられる三右衛門のちゃかりぶりがもっと 出ると説得力が出るように思う。 笑涯楽習コーナー 歯科医・中島拓治 今夜は師匠の中学時代の学友、歯科医の中島拓治氏が講師。 歯医者にかかる時の良い知恵からはじまって、歯科医の今の状況と今後の事情な どについてのお話。 お話の後の質問コーナーがにぎやか。次々に質問が飛び出て、話はより具体的に 、、、。 当然、打ち上げの席でも「歯」を巡って話に花が咲く。 改作落語 円窓[偽象] 珍しいものを手に入れて人に自慢しようとしているカシラが酔った勢いで骨董屋 に象をつれて来るように頼む。 骨董屋の方も、これまた酔った勢いで引き受けてしまう。 約束の期日、骨董屋が使用人を連れてきて、「この通り小僧がきました」 「円生全集」別巻(上)の「にせ金」の改作。 「にせきん」は下品なので、そのままではやれないと、にせものの品物を変えた。 頼む方も頼まれる方も酔って気が大きくなって、つい話が大きく発展するという 設定は自然で、はたで見ているオカミサンが冷静にバカバカしさを指摘しているの もいい。 大蛇さんへ 返シ〜〜ン(圓窓 記) 江戸時代、日本へ来た象の話については、永井路子氏の短編に面白いのがありま す。それを再読して膨らませてみようかなと思っているところです。 |
|
2000・7・29 UP |
圓窓コミカレ五百噺 | |
コ ミ カ レ 見 聞 読 11 |
|
文責 ただしろう |
|
|
|
対談 円窓・赤沢[まるまど日誌] 5・20 熊本から吉田千秋さん、再度の上京。昨年11月も上京し、コミカレ で師匠と対談されている。師匠の落語と歌舞伎を鑑賞をして帰る予定と か。 21 プロレス観戦。大仁田厚の試合だが、白ける。 22 池袋演芸場で〔新しい噺絵巻〕の公演。[鬼の通い酒] 30 島田正吾一人芝居〔荒川の佐吉〕観劇(新橋演舞場)。92歳で矍鑠。 6・05 やっと〔寄席の日〕の発足。各寄席、大入りにて先ずは重畳。 07 国立能楽堂で能(羽衣)と狂言(朝比奈)の観賞。 17 名古屋。東邦ガスの役員幹部の朝食会で8時から講演。 帰京して、その夜、紀尾井ホールで"歌曲と朗読の夕べ"。歌曲を聞き 分ける才能がなかったのが、残念。二木てるみ朗読、よかったとわかる。 18 ヨーガス長屋の例会でイラン映画〔太陽は僕の瞳〕観賞。感動。 創作落語 円窓[どんじりの一葉](三遊亭圓窓 作) ヒントをO・ヘンリー〔最後の一葉〕と坪内逍遥の〔桐一葉〕から取ったもの。 その梗概 長屋に住む親娘。二人は芝居好きで評判のいい家族だった。 その父親が急逝し、娘の小枝(14~5歳)も床に就く。 近所に芝居の下回りの役者で幹之助という人がいて、この家族と親しくしてお り、小枝も「おじさん、おじさん」と慕っていた。小枝が寝込んでからも何くれ となく面倒を見てくれる。 見舞いに来た幹之助は今度、自分も出演する〔桐一葉〕の話をする。「且元の 屋敷の桐の葉が落ちていく場面は大坂落城を想わせ、客を泣かせる名場面だ」と。 小枝はぜひ早く治って見に行きたいと思うが、具合が思わしくなく、「寝床か ら長屋の向うに見える大きな桐の木のあの葉が全部落ちてしまったら、私の命も 終わる」という。 幹之助は毎日のように見舞って励ますが、小枝は一向に元気なく、「葉もあと 一枚。今日は風も強いし、今晩の内にあたしも死ぬわ」と言い出す。 翌日、桐の葉は全部落ちたと思って、外を見ると、その一枚の葉は残っている。 彼女も気力を取り戻して、そのおかげか、めきめきよくなって、20日後に床上 げとなった。 床上げになって訪れた人々の話しでは、あの葉っぱは実は作り物で芝居の小道 具の一枚だった。幹之助がそれをあの大風の夜、梯子をかけて、枝に取り付けた。 ところが降りるとき、足を滑らして転落し、命を落としてしまったのだという。 聞いた小枝の悲しみはいかばかりか。おじさんの死を無にしないよう、力強く 生きることを誓う。 長屋の衆の誘いで〔桐一葉〕を見に行こうということになり、父の位牌と最後 まで木についていたどんじりの一枚の葉を抱いて出かけた。 幹之助が出ないことはまた悲しみに誘われる。舞台のどんじりの葉が散る場面 では思わず目を伏せてしまった。しかし、久し振りの芝居に感激もした。 小枝は位牌と葉っぱに語り掛けた。 「他の芝居小屋も観て回ろうと思うの」 これを聞いた位牌と葉っぱが話し合った。 位牌「あと二軒も回るのはどうかな」 葉っぱ「ハシゴはもうこりごりだ」 ただしろうの一言 〔最後の一葉〕と〔桐一葉〕を結びつけた発想はすばらしい。 あと、小枝の心の動きの描写がもう少し欲しいことと、長屋の衆との交流が 前段にもあると、おしまいの芝居見物からサゲが生きると思う。 笑涯楽習コーナー ギタリスト・榎本裕之 今夜は師匠の新しいお友達、ギタリストの榎本裕之氏。 ギターを抱えて、お話を間に入れながら秘芸を披露して下さった。 秘芸と言うのは、音の繊細な強弱は勿論、音色の多彩さを自由に表現すること のできる楽器、というギターの特色を充分に教えていただいたからです。 至近距離でその感覚を味わえた幸せに感謝。 落語 円窓[よいよい蕎麦] この噺は「よいよい」が差別言葉で最近はやられなくなった、という枕から入 る。 蕎麦屋で聞いた「よいよい」という言葉を「良い良い」というほめ言葉と間違 えて理解した江戸見物の一行が、芝居見物で役者に「よいよい」と声をかけ、周 囲から「おめえらが、よいよいだ」と言われて「われわれも誉められた」という サゲになる噺だが、差別言葉を許せば勘違いを扱った面白い噺だ。 大いに笑った。 |
|
2000・7・29 UP |
圓窓コミカレ五百噺 | |
コ ミ カ レ 見 聞 読 10 |
|
文責 ただしろう |
|
|
|
この夜、圓窓師匠は寄席の出番の都合で遅れるということで、ゲストは初音家左橋 師が勤める。構成としては左橋師との二人会の趣となる。 落語 初音家左橋[青菜] 季節はちょっと早いが、[青菜]で隠し言葉の面白さを改めて聞かせてくれた。 左橋さんが自己紹介していたが、先代馬生師に入門し、師の没後、伯楽門に入っ たとのこと。一門の飄逸味を持ち合わせて楽しみ。 また、物まねが得意とのことで、動物の物まねを披露。これが江戸家顔負けの 本格もので楽しめた。 対談 圓窓・赤沢[まるまど日誌] 4・22 マリオンの朝日講堂で寄席に出演。[鬼の涙]。 23 岩波ホールで〔硝子の城〕(香港映画)観賞。 12 名古屋で〔圓窓五百噺を聴く会〕の公演。 その日の昼間、東山会館で、現地の更正保護婦人会で講演。 13 上から会(歌舞伎座三階席での鑑賞会)で、久し振りのメンバーに会 う。 14 群馬県白沢村で落語会。ここは故小渕氏の中之条から一山越えたとこ ろ。 16 青年劇場の芝居〔真珠の首飾り〕(ジェームス三木の脚本)を見る。 内容は昭和憲法誕生秘話でGHQの若きゴードン嬢が改正案成立に貢 献した物語。 そのゴードンさんが、この日、この芝居を見ておられ、終演の舞台 から挨拶をされた。師匠は3年前にこの芝居を見て、2度目だが感慨 新たの由。 落語 圓窓[夕立屋] この噺は小噺でお馴染みだが、師匠が一席物にふくらませたもの。詳細は、師 匠のHP「だくだく」に登載されているので、そちらをご覧下さいとのこと。 夕立屋が注文書の項目に丸印をつけさせるアイディアは面白い。最近の時事的 くすぐりも利いて楽しい一席。 落語 左橋[お花半七・上] 別名[宮戸川]とも言われるお馴染みの噺。左橋師は昨年11月に18歳下の 女性と結婚したばかりとのことで、この馴初め話が真実味を帯びる。 落語 円窓[小言念仏] 今まで五百噺で出していなかった噺。 念仏を唱えながら日常の些事に小言を言う矛盾がおかしい噺だが、師匠は、味 噌汁にする泥鰌を殺して喜ぶ残酷さを押さえて気の利いたサゲをつけて納めた。 そのサゲは、小言を言う主人が、「こうしてお念仏を唱えることで、往生でき るんだよ」。小言ばかり聞かせられているつれあいのお婆さんが「(私は)今、 往生しています」と、いうもの。 |
|
2000・7・29 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 9 |
|
文責 ただしろう |
|
|
|
対談 円窓・赤沢[まるまど日誌] 3月16日 仙台で「朝日さわやか寄席」に出演。小三治、木久蔵両師と。なお この3人は入門同期の由。 18日 伊勢原落語会の発足20年記念に圓窓一門総出演。 21日 鈴本でのインターネット落語会で「たい平・喬太郎真打昇進披露」 を公開。師匠が楽屋紹介を担当したが、アクシデントで遅刻して出番 なし。 23日 目黒碑文谷商工会で講演。二部に弁当が出たが、ゲストの税務署員 は受け取らずに帰った。 25日 長唄創作の会を観賞。サロメなど長唄というイメージを超えた作品 あり。 29日 原宿の「登芽木(とめこ、と読む)」なるカレーライスの店で日比 野さんと食事。なお、この登芽木は仏教[南無の会]発足の場所の由。 4月 2日 飛騨古川ハイランドホテルで落語会。窓輝と。 5日 東京芸術劇場で観劇。現ハンガリー大統領作の「鉄格子」 6日 三越劇場で「さわやか説法」の会を見聞。南無の会の縁。薬師寺副 管長の法話と、ゲストの遠藤実氏の講演。皆、涙を流して聞き入る。 7日 浦和落語会。関東自動車のチャリティー。 8日 洋画鑑賞。「グリーンマイル」 13日 浅草演芸場。たい平・喬太郎真打昇進披露の口上を言う。 18日 青年劇場「菜の花ラプソディー」を鑑賞。農業問題、食糧問題がテ ーマ。経済的にも苦しい農業問題を語るが、家のセットが立派で違和 感あり。 ただしろう一言 余談だが、師匠と対談される赤沢氏は、古い農家の建築が好きで、 しばしば奥多摩の山中をバイクで訪れ、道路脇の石に腰を下ろし、家 のたたずまいを飽かず眺めるのが楽しみだそうだ。ある時、パトカー に尋問され、当惑したこともあったとのこと。変わった趣味もあるも のだと思ったが、この「まるまど日誌」はそれらの余談がまた楽しい。 落語 円窓[袈裟切り地蔵](天草地方の昔話) 天草の羊角湾の入江に戦ヶ浦(いくさがうら)と呼ばれる場所があり、その一 角が兵越(つわんこし)と呼ばれた。そこに住むある老夫婦。湾を眺めていると、 船がやってくる。小船に移ったお小姓風の武士と五、六人の部下。土地の視察で あろう、やって来て、水を所望する。井戸からうまい水を飲んで一息入れる。井 戸の向うにいい枝振りの梅が今や満開である。お小姓は、見事さにたまらず、刀 を抜くと、船への土産と一刀のもとに切り落とす。 これを見た老人。「梅盗人」と口走る。夫婦してわが子のように丹精こめた梅 だった。しかし小姓はその心に思い至らず老人を切ろうと刀を振りかぶる。と、 折よくあとから殿様がやって来る。小姓の刀を止めて次第を聞くと小姓が悪いと 判断。武士の名折れと、家来の小姓を袈裟切りに成敗して、遺骸を置いたまま立 ち去る。今まで咲き誇っていた梅は、花を散らしてまるで枯れ木のよう。 老夫婦は、遺骸を裏の小高い丘に葬りお地蔵さんを建てて供養する。ところが このお地蔵さん、日が経つと、袈裟切りにひび割れてくる。二体目を奉納するが、 また同じ。いくつ作っても同じなので思い余った老人、小姓の亡骸を掘り起こす と、荼毘に付して、お城から親元へ届けて貰った。そして改めて作ったお地蔵さ んは何事もない。一時は枯れたと思った梅も元気を取り戻して翌年の春は今まで と変わらぬ見事な花を咲かせた。 それから15年。老夫婦。今は覚束ない足取りでお地蔵さんを詣りする。あれ 以来一日も欠かさず経を上げている。「ばあさん。わしらもあと何年お詣りでき るかわからない。あとは誰がお詣りしてくれるかな」と、梅の鶯が「ホーホケキ ョウ」 ただしろう一言 いろいろな教訓を含み、考えさせられるが、物語として小姓に哀れを催す。悲 しみを乗り越える老夫婦の行く末は老少不定、悲しみが待っているのだが、その 思いを鶯の「ホーホケキョウ」が気持ちよく昇華させてくれる。 古文教室 流山大蛇[傷寒論と転失気] 久方ぶりの古文教室。 今回は「傷寒論」にメスを入れ、「転失気」の疑問に迫る。今まで、落語では 笑って何の気なしに聞き流していたところに着目され、それを追究する大蛇先生 に脱帽すると共に、いい勉強をさせていただき感謝に咽んでおります。 以下、講義のサワリとただしろうの感想。 「傷寒論」は中国の古い医学書で、広辞苑によると後漢の長機という人の著とあ り、語感からして古いとは思ったが紀元二百年より前のものと知り、驚きました。 落語の「転失気」の中に傷寒論が出てくるのは先刻承知だったが、大蛇先生に よると傷寒論の中で、この転失気は3箇所出てくるだけだそうだ。そして、例の 「気を転じて失う」または「気を転(まろび)失う」という読み方に疑問を呈され た。それは転失気の真中の失だが、これは矢が正しいという説を発見されたそう だ。矢には糞の意味があり、シと読む。 別の説には屎を使っているものもある由(これもシと読む)。すると、本の改 版などのとき、また、版造りの際に変わってきたのではないかと考えられる由。 何れにしろ、落語の「転失気」は事実に基づいており、それほどポピュラーで ないと思われる傷寒論や転失気を題材にした凄い作品があったものと、また感心 してしまった。 なお、大蛇先生は資料収集にはインターネットを利用された由。インターネッ トの威力にも驚いた次第。 落語 円窓[提灯屋] これは古い滑稽落語の「提灯屋」。改めて聞いて、大笑いした。字が読めない 者たちが主人公なので、明治後期或いは大正年代だろうが、活版刷りの広告と同 居しているところが面白い。天紅とか駿河半紙とか、チラシの歴史を語るのも嬉 しい。師匠は丹念に描写され、滑稽を堪能した。 なお、サゲは、「あの提灯屋は3日で潰れたな」「ああ、提灯屋だけに足元を 見られた」……が付け加えられた。 旧来の、最後に訪れた隠居が、普通の、丸に柏という紋を、提灯屋がすっぽん に鶏(とり)とこじつけるのは、商売柄無理だと考えたものと推察するが、当を 得た改作と思う。 |
|
2000・7・20 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 8 |
文責 ただしろう |
と き:00/03/15(水) 18:30〜 場 所:西武コミュニティカレッジ(池袋・西武百貨店) 番 組:落語 窓輝[幇間腹] 対談 円窓・赤沢[まるまど日誌] 対談 金村金寿・圓窓[銀行について] 落語 円窓[飛ぶ鉄鉢](改修編) 落語 円窓[煩悩の尺八](播磨の民話より) |
落語 窓輝[幇間腹] この日、圓窓師匠が掛け持ちの都合で、こちらへの到着が遅れるとのことで、 前席に窓輝が登場。赤沢氏から、圓窓師が到着するまで話すことと、見えたから といって途中で噺を切らないこと。という注文を受けて高座に上がる。 それを見越してか、まくらに、自分の前座修行時代の体験談と、二つ目になっ てからの抱負を語りかけ、笑いの中に意欲を窺わせた。 [幇間腹]。お馴染みの噺だが、ときに、嫌味なく新しいくすぐりなども交え、 面白く進める。口調も滑らかで、人物をしっかり押さえようという気持ちが受け 取れ好感が持てる。幇間の一八の会話の呼吸もよく、今後に期待を持たせる一席 だった。この噺の途中で、師匠来場。 対談 円窓・赤沢[まるまど日誌] 2月19日 大分県日出(ひじ)町へ。教育委員会で講演。 20日 香川県飯山(はんざん)町、教育委員会で講演。 24日 東京、文京区民センターで社会保険年金受給者説明会で講演。 27日 ヨーガス長屋例会、米映画「遠い空の向うに」観賞。ロシアの人工 衛星打ち上げで先を越されたアメリカの4人の少年が、衛星打ち上 げを実現しようと努力する姿を描く秀作。 3月 2日 府中市で年金受給者説明会で講演。 3日 オフィス樹アトリエ公演、観劇。脚本に難あり、演者の熱演も空回 り。 4日 熊本鹿本教育委員会で講演。帰京、自宅泊の後、5日は会津へ。 5日 西会津教育委員会で講演。 6日 寄席席亭の寄合いに出席。寄席の日を6月第1月曜日に決める。ま だ、何をするかは決まっていない。 7日 雑誌社と対談。黄表紙物の発刊の件。この会社は既に草双紙の化け 物シリーズで当たりを取っている由。 対談 金村金寿・圓窓[銀行について] 本日のゲストは、銀行マンで落語好きという異色の方。異色と冠するのは落語 にとって残念だが、銀行マンの多くは趣味が落語という人は少ない由。 メインのお話は、銀行はただ金の預貸を行っているのではなく、企業体として 世のためになる新しい起業へのバックアップを常に企画し、そのアイディアを模 索している(それも地球規模で)という話を聞いて、目を開かされた思いだった。 落語 円窓[飛ぶ鉄鉢](改修編) 前月、聞いた掲題の改修版。 和尚が足をくじいて寝ていたが、漸く起きて気がつくと、いつも置いてある鉢 がその場所に見えない。と、庭の彼方から、黒い物が飛んできて寺へ入ってくる。 鉢が自ら托鉢のため宙を飛んで出かけたのが、行を終えて戻って来たのだ。和尚 はこれを頂いて日を過ごす。 ある日のこと、鉢は海へ出て、沖を通る米を運ぶ船に托鉢を請う。すると、船 人は、聞き入れずに鉢を海に投げ捨てる。鉢が寺へ帰り着くと、見る間に米俵が 寺の庭に後から後から飛んで来て俵の山を築く。 船頭は驚いて、陸に上がり、噂を聞いて一乗寺を訪れる。和尚は、鉢は一握り の托鉢を願った筈と、米俵から一握り米を鉢へ頂く。船頭が詫びと共に、もう一 握りを入れると米俵は一つずつ、宙を飛んで船の方へ飛んで行く。瞬く間に庭は 元のたたずまいに。 この話を聞いた隣国の強欲寺の和尚。いくつかある鉄鉢を並べると、一乗寺の 鉄鉢のように托鉢をして来いと、順に送り出す。ところが、戻ってくると中はみ なゴミと虫けらである。住民が日頃の和尚の強欲ぶりに痛い返礼をしているよう だ。 最後の鉢は思い余って一乗寺へやって来て、ここの鉢に「代わりにお米を貰っ てきてくださいな」と頼むと、「そうか、やっぱり、お鉢が回ってきた」 ただしろう一言 先月の封切り編は、後段、突然、ミツバチの集団が現れて鉄鉢と会話をす るのがサゲになるが、改修編は鉄鉢同志で納まり、形がいいと思います。 なお、師匠は鉄鉢を「テツバチ」と読むか「テッパツ」と読むかでサゲと 抵触すると悩んでおられましたが、これ、鉄がついていう時は「テッパツ」 と読み、付かないときは「ハチ」と読んで噺を進めておけば、「お鉢(はち) 」でサゲても何等差し支えはないと思うのですがいかがでしょう。 もっとも、受講者のお一人、新井和尚さんが正しい呼び方を教わってくる というので、これはこれで楽しみにしています。 落語 円窓[煩悩の尺八](播磨の民話より) 播磨の国。山奥に父親と2人の子供の3人で暮らしている一家がある。妻を早 く亡くし、今、子供は上が10歳の男の子。下は八つになる女の子。父親を慕っ て仲良く暮らしている。 父は細工がうまく、京都の大きな細工師から5年の期限で招かれる。収入も定 期的に得られるところから父はこれを受けて、村の長に願って欠かさず仕送りは するからと、2人の子供を預かって貰うことにする。 5年の間、別れることになり、上の子が「5年後のお土産に硯が欲しい」とい い、女の子は「鏡を」と父に頼む。 離れての大晦日。京都の父親が枕につくと尺八の音が聞こえる。その音に乗っ て「ちゃーん」「おとっつあん」と声が聞こえる。 翌年の大晦日、また尺八の音に乗って「苦しいよう。おとっつあん」と聞こえ る。 その次の年「早く戻って来て」 そして、次の年「硯はいらない」「鏡はいらないよ」 5年たって、村へ戻るとなんと、子供は二人とも亡くなっていた。村の長に聞 くと、父親が京都へ発って2年後、風邪を引いて亡くなったという。そして、裏 の庭に埋めたという。 その年の大晦日。虚無僧が通り、尺八を吹く。京都の大晦日を思って、招じ入 れてもてなして話を聞く。 「実は、4年前にここへきて、2本の竹を貰って尺八を作った。そして、京都へ はいつも大晦日に行って尺八を吹いていたのです」 その竹のところで、尺八を吹きたいと父親を連れて行き、吹く。 すると、父には「掘って、掘ってえー」と聞こえる。 そこを掘ると、子供の二人の遺体が出る。病気の妹を背負って医者へ行こうと して崖から落ち、二人は亡くなっていたのだ。 そのとき、除夜の鐘が「ごーん」。「ああ、除夜の鐘もしゃくやっつ」 ただしろう一言 なんとも哀れな物語だが、師匠は淡々と事実だけを述べて、哀れは聞く者 に委ねておられる。父親の村の長に対する恨みもないし、尺八への強い執着 も描かれない。それなのに、聞いていて哀れを強く感じて大きな感動を得ま した。 |
2000・4・9 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 7 |
文責 ただしろう |
と き:00/02/16(水) 18:30〜 場 所:西武コミュニティカレッジ(池袋・西武百貨店) 番 組:対談 円窓・赤沢[まるまど日誌] 落語 円窓[飛ぶ鉄鉢](播磨の民話より) 対談 元セ・リーグ審判長 田中俊幸・圓窓 落語 円窓[立て替えの遊び](煙草の火) |
対談 円窓・赤沢[まるまど日誌] 1月30日 ヨーガス長屋(洋画を観る会。洒落て命名)の第1回。渋谷文化村 「ル・シネマ2」でベトナム映画「季節の中で」を鑑賞。 1月31日 落語協会インターネット落語会。公開興行。上野鈴本にて。 2月 3日 恒例の目黒碑文谷、円融寺で豆まき。このお寺では黒仁王が有名。 2月 6日 日本歯科大同窓会で講演。 2月10日 東十条神谷銀座商店会で講演。メンバーの高田奈々さんはこの町内 に住んでおり、今度、NHKで放送するのに因んで高田屋嘉兵衛の 名を借りて商店会活性化のイベントを行うという。すでに、菜の花 を商店街に植えている。 2月14日 名古屋中ロータリー例会で講演。そのあと、ABC会館で講演。 2月15日 銚子市国語研修会で講演。 落語 円窓[飛ぶ鉄鉢](播磨の民話より) 播磨の海岸近くの一乗寺。住職はインドから来た法道仙人と呼ばれる人格者。 年老いた今も自ら托鉢に歩く。ある日、往来で転んで足を骨折する。暫く托鉢を 休まねばならない。托鉢に出られないので、だんだん、食事もできなくなる。 ある日、異変が起きる。托鉢に使っている鉄鉢が突然、宙に浮かんだと思うと 外へ出かけるのである。和尚が歩いた道を辿って、門、門へ佇むと、家人も察し て米を恵んでくれる。 そんな日が続いたある日。宙を飛ぶ鉄鉢が、向うからミツバチの集団がやって くるのに遭う。ミツバチが「近頃、花が減ったよ」というと、鉄鉢が「こちらは 和尚の腹が減っている」 対談 元セ・リーグ審判長 田中俊幸・圓窓 審判員のご苦労と、肉体を保つための精進、例えば、普段も関係者の前ではメ ガネは絶対にかけない。これは視力の衰えと見られるためやらない。電車でも一 番前に立って、過ぎ去る風景を見て目を訓練するなど、知られざる一面を知って、 大変に興味深かった。 私自身、落語の次に野球が好きなので、こういう話はまた聞きたいと思った。 落語 円窓[立て替えの遊び](煙草の火) 江戸は柳橋、著名な料亭「萬八」にある日、身なりのいいおじいさんが訪れる。 重そうな荷物を駕籠かきに持たせて、「厄介になるよ」。 まだ、部屋も決まらないうちに若い衆の喜八に立て替えを頼む。2両。喜八も 初めての客なのでちょっと驚くが、帳場へ頼んで用立てる。その金は駕籠屋に祝 儀として渡してくれという。 二階に座がきまると、きれいどころと幇間を呼んでほしい。そして立て替えを 頼む。今度は5両。これは芸者衆に。さらに、10両、20両、とエスカレート する。その金は全部、あと、三味線の姐さん方幇間衆に、そして、喜八にも振舞 う。 立替えが今度は30両となったとき、帳場からこう言えといわれる。すぐには 用立てられないので待って欲しい、と。 すると、「それならもういいよ」と老人は駕籠を頼むと、これで帰るという。玄 関で、来たとき持って来た風呂敷包みを解くと、なんと、金の包み。すぐに立替 分をはらうと、残りの大金を、豆まきよろしくみんな撒いてしまう。 そして悠々と立ち去るので、喜八は帳場に言われて駕籠の後をつけると、奈良 茂の屋敷へ入った。顔なじみの下働きに聞いてみると、奈良茂の兄だそうで、普 段は隠遁しているが、時々出てきて遊びをさせろというのだそうだ。 立替を体よく断ったと聞いた下働きから「それで付き合いは終わりだ。そのと き断らなかったら、莫大な金が入ったのに、もうだめだ」と言われた喜助は、趣 向を考える。 奈良茂の家の前で、時ならぬ祭を出現させるのだ。鰹節の神輿を連ねて練るな ど大変な趣向である。 これを二階から見ていた奈良茂の兄。それから数日して萬八の店先に顔を出し て「ちょいと貸しておくれ」。 喜八、喜んで「いくらお立替で」「いや、煙草の火を借りに来た」 ただしろう一言 この噺、大阪だねで、たばこの火]が題となっているが、圓窓師匠はサゲ が割れるからと、頭書の題とした。これも仮題だそうだが。 立替が多くなって心配が先に立つところ、あまりその感がない。帳場もど んどん立替えるのが、聞いていて不思議に思うところは、貧乏人の性か。大 阪と東京の違いのようなところも感じられる。 |
2000・4・9 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 6 |
|
文責 ただしろう |
|
|
|
対談 円窓・赤沢[まるまど日誌] 11月26日 大橋のスタジオにこもり落語「ぞろぞろ」を教科書のとおり録音。 これは、来年国語教科書に載る師匠の落語を原稿どおりに演じて欲 しいといわれての作業。いわば、模範演技だが、教科書はわかりや すいように改変してある(当然のこと)ので、書いたものをそのと おりに演じろといわれてもむずかしくそこが、むしろ話の芸たる落 語の本質かと再体験した。 11月28日 岡崎の三菱自動車の正副工場長会で講演。 11月29日 国立演芸場で12月上席の特別企画「夢現実焙茶湯煙」(ゆめう つつほうじのゆけむり)の舞台稽古。これは、落語「焙じの茶」 をふくらませて、楽屋一同で演じようという円窓師匠の企画もの。 12月 1日 国立演芸場上席トリ。前述の、企画を連日公演。(3日は休演) 12月 3日 札幌へ落語会。柳昇師とその弟子、鹿の子(前座、女)と帯同。 鹿の子は素質あり。 12月 5日 窓樹が結婚したが、出席できず。 12月 6日 夜、天王洲アイルのホテルで小唄の会を聞く。 12月 7日 花の会へ出席。女性だけの会。 12月12日 浦和市民寄席トリ。まだ楽屋入りしない前、前座の口演中に客席 の老人が倒れ、救急車で運ばれるハプニングがあったとのこと。 12月14日 国立小劇場。人形浄瑠璃、連獅子を三人で踊る。見事。 落語 円窓[稽古屋] 三味線 おふゆ この稽古屋はおなじみの落語で、町内の八つあんが、女性にもてたくて、ご隠 居の勧めで音曲の稽古をする噺。前半、稽古屋での稽古風景。八つあんが例によ って失敗ばかりで笑わせる。後半、師匠に出された宿題を帰宅して声を出そうと するが、大きな声を出せといわれているから、夜になって質屋さんの屋根へ上っ て上方唄の「擂鉢」を唄う。その唄の文句に、「煙が立つ 海山越えて」とある。 大声で「煙が立つうーー」とやっていると下から、火事だと思って「煙はどっち からくるんだ?」と、聞いてくる者がいる。八つあん、耳に入らず「海山越えて ーー」「そんなに遠いのか。じゃ行くのはよそう」 というもの。 八つあんが、稽古屋での稽古で「今日の別れに、主の羽織がかくれんぼ」という ところを稽古させられるが、円窓師匠の小唄ぶり、声よく、節よく、艶やかでな かなかのもの。全部を聞いてみたい。 落語 円窓[丘の舟] 今の一宮、昔は北方村。木曽川のほとり、信州から人が流れるのを取り締まる ための川番屋があった。 川筋に住むある夫婦。夫は船頭。妻の母親が具合が悪く、川下に家のある妻の 実家から、兄が駕籠で、迎えに来る。船頭は、商売ものの舟で行こうというが、 この兄は舟が苦手。では、陸と川に別れて行こうということになる。同時に出か けたが、舟が先に番屋へ着く。 番屋の役人は、「規則により、既に日が落ちたからこの番屋の前は川の通航は 差し止める」という。夫婦ともども母の急病という非常事態を訴えるがどうして も聞いて貰えない。船頭は「では、番屋の後ろを行くのならいいでしょうか?」 「それなら構わぬ」という言葉を聞き、船頭、何を思ったか、妻を舟から下ろすと、 舟を川から岸へ引き上げて、そこで、やおら舟を担ぎ上げた。そしてそのまま、 番屋の後ろを回って川下へ舟を下ろす。そして妻を乗せると下流を差して、漕ぎ 出した。岸では近所の人々がその機転を口々に誉めそやす。 そこへ陸を来た妻の兄の駕籠。駕籠屋もこれを見て一緒に誉めるが、中の客は 静かである。駕籠屋、垂れを上げて呼びかけると、兄は中で舟を漕いでいた。 ただしろう一言 船頭はいくら機転が利いても、力がなければ、これを達成することはでき ないし、役人も表向きは固いことを言ったが、船頭の努力には、裏をかかれ ても見て見ぬふりをしたのだろう。それはそうだ。裏をかつがれたのだから。 (笑) そして、川を舟で行く夫婦と、陸の岸辺を駕籠で行く妻の兄。歌舞伎の野 崎の両花道を思い出させる情景は嬉しくなる。 |
|
2000・4・15 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 5 |
|
文責 柳澤睦郎 |
|
|
|
対談 円窓・赤沢[まるまど日誌] 10月27日 信州伊那で講演。覚醒剤防止協会主催のもの。NHKニュースで 放映。 10月28日 習志野大久保小学校で授業。これもNHKニュースで放映される。 ここで、気づいたことは生徒の声が小さいこと。初めに注意したら 後半は大きくなった。やはり、言って聞かせることが必要。 10月29日 三越落語会出演。風邪で声が出なくなり苦闘。手振りを多く、「 法要猫」を演ずる。 10月30日 友人の俳優、小野寺丈氏の結婚式。司会を頼まれていたが、声出 ず、林家正雀に代わりを頼む。丈氏には悪いことをした。 11月 2日 埼玉県白岡のお寺へ。古い寺で、山門を再建する寄付を募ってい た。多額の寄付をする人も、僅か二足三文(山門)の人も。(笑) 11月 6日 遠藤雄一氏の結婚式に列席。 11月 7日 遠藤裕司氏の結婚式に列席。この両日、ごく名前の似通った二人 で、前日まで、電話の応対が混乱。裕司氏の方は、若い俳優で、披 露宴で落語をやりたいというので「ぞろぞろ」を教えた。 11月 8日 筑波大附属小学校(茗荷谷)で授業。その模様をビデオ撮影し来 年度授業資料として全国の小学校へ配る由。このあと、羽田から福 岡で一泊。翌日、五島の福江、岐宿町へ行く。 11月 9日 岐宿町の農業者年金受給者大会で講演。この地は茶が名産で今度 売り出したいという地元の意向。土地の伝説に茶々子というお姫様 がいるということでそのお茶の名は「茶々子茶」にしたら如何、と 提案したが聴衆は拍手していたものの、町の関係者は渋い顔をして いた。 11月11日 豊島区文化振興部門からインタビューを受ける。 11月13日 札幌で落語会。 11月14日 函館で落語会。両会で「高田屋嘉兵衛」をかける。 11月15日 千葉市原の青葉台小学校で授業。「ぞろぞろ」 11月16日 佐世保。佐世保で珍しい日本一を聞いて来たが、それは何でしう? とコミカレ受講者に問いかけたところ、アーケードと答えは出たが、 その長さが問題と再質問となり、これは正解がなかった。 答えは2.2キロメートル切れ目のない長さのものだそうだ。もう 一つ、今度は短い方で日本一がある。それは、JRの駅間だが、距 離は? なんと、200メートルとのことだった。 11月17日 長崎の西有家町。島原に近く、三輪ソーメンはここが製造元の由。 11月18日 長崎市。177回続いている落語会に出演。窓樹を伴う。 11月19日 名古屋空港から、半田市へ。半田信用金庫友の会で講演と落語。 11月21日 信州中野で落語会。 11月23日 平塚市で講演。前段にビーチバレーの日本代表、石坂有紀子氏の 講演があり、勉強になる。久しぶりに行ったり来たりの1ヶ月で風 邪も伴い、くたびれた。 落語 円窓[鬼の通い酒](佐世保の昔話より) 九十九島とは沢山の島という意味でついたと思うが、本当は百七十余あるとい う。 その沢山の島から、佐世保の山形通りという呑み屋街へ、毎晩、鬼が酒を呑み にくる。中に酒癖の悪い鬼がいて、呑んだ後、自分の島に戻らず、近くの一里島 に泊まってしまう。 酒屋仲間からの嫌われ者(鬼)である。呑ませる酒が鬼に合い過ぎていけないの ではないかと、「鬼殺し」「桃太郎」など、鬼のいやがりそうな銘柄をブレンド して呑ませる。 これが効いたか、鬼が病気になり、呑みに出かける元気もなくなり、自分の島 に戻って療養生活を送る。 やっと治って、また佐世保へやってくると、山形通りに呑み屋街が無くなって いる。聞いて見ると、みんな引っ越したという。理由を問うと「鬼のいぬ間の転 宅」 ただしろう一言 原話は、鬼が酒を呑むのではなく、島自体擬人化されて呑み歩くのだそうだ。 鬼に替えたことで、行動に真実味が出たと思う。鼻つまみの鬼もユーモラスで 憎めなくて楽しい。 鼎談 吉田千晶・和田カル・圓窓[九州落語事情] 吉田さんは、熊本の窓門会のメンバー。熊本医大の臨床検査技師をなさってい る。 時々、上京され、落語と歌舞伎を見るそうだ。和田さんは勿論、窓門会の事務 局長である。 熊本市内では年間数えると、落語会は10回くらいだそうで、吉田さんはその 殆どに出席しているとのこと。 九州出身の落語家は結構多いようで、すらすらと10人くらいの名前が上がっ た。 そのほか、地元のお話に花が咲いた。このような落語ファンがおられるとは心 強い限りだ。 落語 円窓[高田屋嘉兵衛] 高田屋嘉兵衛は著名な歴史上の人物だが、意外に知られていない。淡路島出身 の船乗りで、豪商で、のちに函館の開発に大きな力を尽くした。しかし、なんと いってもロシアの艦長ゴローニンとの交換人質事件が歴史に名を残した。これに より、ロシアと一触即発の事態が回避され、蝦夷地の安泰につながった。 事件は、誤解から松前藩が回航したロシア軍艦の艦長ゴローニンを収監したこ とにロシア側が抗議して釈放を申し入れたが聞かれず、当時の副艦長リコルドが 来航、嘉兵衛を海上で捕らえる。嘉兵衛は泰然としてゴローニンとの交換の労を とるべく、ロシアへ赴く。その間、国賓に近い待遇の人質だったというから、ロ シアの彼への人物観も立派だった。 かくして九ヶ月、その労が報われ、両者の交換が成立する。ゴローニンを乗せ たリヤ号が岸辺を離れる。そのとき、ゴローニンは、嘉兵衛乗っている船へ向か って「大将ー、ウラー」と叫んだ。嘉兵衛もリヤ号に向かって「リヤー、ウラー」 と返す。このいわばエールの交換が、船が見えなくなるまでいつまでも続く。 妻から起こされた嘉兵衛。 今、あの時の夢を見ていたのだ。彼は今、故郷淡路で療養の日々を送っている。 見舞いに来た近所の子供、菜々と菜吉にいろいろ話を聞かせる。 嘉兵衛は二人の名付け親だ。二人も嘉兵衛を慕って、蝦夷の話などを聞きに毎 日のように訪れていた。嘉兵衛も喜んで話してやる。しかし、さしも剛毅の嘉兵 衛も病には勝てず衰えが目立つ日々だった。 医者から臨終が近いといわれ、集まった見舞い客に囲まれた嘉兵衛、うっすら と目を開いて、みんなに「大将ウラーと呼んでくれ」と言ったが、声は小さく、 周りには聞こえなかった。 菜々と菜吉はたまらず、そこを離れ、裏の小高い丘に上って行った。そこには、 菜の花がいっぱいだ。二人が「大将ウラー」と叫ぶと、菜の花の中から蝶が何千 何万羽と飛び立ち、その有様は、「菜の花ウラー」と返してくるように思われた。 ただしろう一言 嘉兵衛外伝の趣ですね。嘉兵衛の病床に噺をしぼったのは面白いと思いま す。最後の何千万羽の蝶が飛び立つ描写、迫力がすばらしく、彼の一生が胸 に迫る思いです。 ただ、落語(人情噺)の構成として、前段の彼の業績と人となりが一言で 語り尽くせないものだけに、臨終の感動が切り離されたように思え残念に思 いました。 |
|
2000・4・15 UP |
コ ミ カ レ 見 聞 読 1 |
文責 柳澤睦郎 |
と き:99/07/21(水) 場 所:西武コミュニティカレッジ(池袋・西武百貨店) 番 組:対談 円窓・赤沢[まるまど日誌] 落語 円窓[胸の肉] 講義 平林章三[圓窓と演劇とのつながり] 落語 円窓[お藤松五郎・上] |
対談 円窓・赤沢[まるまど日誌] 6月18日 筑波大附属小学校4年生教室(茗荷谷)にて圓窓参加の公開授業。先ごろ、 来年度小学4年の教科書に円窓師匠の落語が取り上げられたのに鑑み、同小 学校が企画したもの。小学生の意欲的な理解力に感心。 7月 5日 寄合。席亭一同と「落語の日」についての意見交換。日本自由民主党本部会 議室において。 7月 8日 名古屋の若手経営者サークルに聴いてもらう「商人噺を聴く会」で講演と落 語。落語は「千両蜜柑」を演ずる。 7月 9日 「圓窓五百噺を聴く会」。名古屋・含笑寺。 7月10日 細井平洲資料館を訪ねる。愛知県東海市。平洲は米沢藩主である上杉鷹山 の学問、経営、人間の師。 7月11日 昼、現代浮世絵師の滝秀水宅を訪ねて、その作品を見る。 夜、名古屋ドームで中日−阪神戦を観覧。中日が逆転サヨナラ勝ち。 7月21日 歌舞伎座で猿之助の八犬伝を見る。花道ですれ違いざまの早替わりは見事。 落語 円窓[胸の肉](シェイクスピア原作「ベニスの商人」より) おなじみの「ベニスの商人」の登場人物を、金貸しシャイロックを清六、アントニオーを 医者で岡田似仁蔵と名を変える。清六がかつて息子の不慮の死に、似蔵が見放したと誤解 して、後日、借金の申し出に来た仁蔵に、無利息でいいが、返済の期限を過ぎたら胸の肉 五百匁を貰うと証文を書き、結局、1日遅れた返済にそれを実行するといい、裁判になる という筋書きに変えた。 奉行は大岡越前守で、裁きのあと、大岡の「これ、この白州は肉をさばくところではな いぞ」という言葉に非を悟った清六が、「はい、人を裁くところということがよくわかりま した」と答えるのがサゲになる。 講義 平林章三[圓窓と演劇とのつながり] 平林氏はその昔、労音のミュージカルで円窓師匠と共演した仲の由。そのミュージカル の題は「青春の歯車」といい、音楽がすぎやまこういち氏、演出は山本薩夫氏で、話題作だ ったそうだ。師匠が演技(踊り)も歌も、相手役との呼吸もよく、驚いたという印象があ るそうで、その後もプロデューサーになった平林氏と師匠とのお付き合いが続いていると いう。 講演はそれから始まって、最近は氏のプロデュースの「ちゃんと呼べ(藤沢周平原作)」 という芝居に円窓師匠が出演した話。そして新劇の略史、大根役者という言葉の意味(本 当は悪い意味ではない)など、興味深い話が続いた。 落語 円窓[お藤松五郎・上] これは、古くからある噺で、今まで五百噺で取り上げてなかったのが不思議。圓生師匠 がよく演じていた。 一中節の菅野松五郎と、人の囲い者のお藤の、ふとした間違いからの惨劇だが、この日 は半ばまで。 見聞読を読んだ圓窓の「ありがと返信」 文責 圓窓 この[胸の肉]はあたしにとって、この日が初演ということになります。 志ん輔もこの九月に[ベニスの商人]を演ると聞いてますので楽しみです。創作に挑戦 して財産を増やすことはいいこと。その意欲が長続きしてくれれば申し分ない。 シャイロックが清六、アントーニオが安藤似蔵という語呂合わせで、戦前の講談全集に こういう名前で載ってました。 あたしはあの日の高座で幕末の人斬りの岡田仁蔵の名が口から飛び出してしまいまして、 「しまった」と思ったんですが、もう遅い。仕方なく、そのあと、名前は言いませんでした。 「医者」「医者」で通しました。(笑) この噺の落ちですが、以後、演るたびに、いろいろとバージョンアップさせてます。長 い目で見守ってください。 |
1999・9・4 UP |