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創作・舞踊落語 1 |
寄席舞踊夢枕屋(よせぶようゆめのまくらや) |
江戸小咄の脚色 六代 三遊亭 圓窓 口 演 六代 三遊亭 圓窓 踊り手 三遊亭歌る多 奴さん かっぽれ 古今亭志ん橋 姉さん かっぽれ 三遊亭吉窓 前座さん お客さん かっぽれ 柳家三三 五万石 江戸屋まねき猫 かっぽれ 鈴々舎馬桜 かっぽれ 三味線 ふゆ {現実の明かりが入って、中央高座に座布団。下手に圓窓のめくり、上手に[寄席舞 踊夢枕屋]のメクリ} {新曲浦島の出囃子で、圓窓が中央高座へ} 江戸時代の安永年間に小咄本のブームがありました。その本に載っていた五、六行 の小咄に肉付けをして、[寄席舞踊夢枕屋]と歌舞伎もどきのタイトルで、この高座 に蘇らせました。あたしにとっては、まさに夢物語が実現した瞬間のようなものでし て……。 枕屋「夢の枕屋でござい! 枕はいかがさま! 夢枕でござい。寄席の踊り好みの夢枕。 枕はようがすか」 奥方「{屋敷の部屋の中で}表を異な小商人が通行いたすの。『夢枕』と申しておるの。 {側の女中に}これ、牡丹。寝る折の枕であったならば、異な小商人を庭に案内いた せ」 牡丹「ハァハァー。 {表へ出て}申し。そこな小商人。そなたは、なにを商うのじゃ」 枕屋「夢枕を売って歩いております」 牡丹「夢枕とは、寝る折り、頭をのせるあの枕であるか」 枕屋「さようでございます」 牡丹「当屋敷の奥方様が所望いたすかもしれません。お庭にお入りなされ」 枕屋「ありがとう存じます。こちらは確か、富樫様のお屋敷で」 牡丹「さよう。富樫不在衛門様でございます」 枕屋「殿様はおいでなんですか」 牡丹「城中にお上がりなさっております」 枕屋「おいでにならない? で、不在衛門てんですか」 牡丹「面白いことを申す小商人。殿様もそのような洒落をよく申しております」 枕屋「評判ですよ、町方でも。駄洒落が好きなんだそうですね、こちらの殿様は。駄洒落 が」 牡丹「駄とは何です、駄とは」 枕屋「相すいません。こちらのお屋敷は小高い処にありますんで、日当たりがよろしゅう ございましょう。我々、小商人はこちらを暖ったか(安宅)の関と申しております」 牡丹「殿もその洒落を聞けば、お喜びのことでござりましょう。さ、庭に入りますよ。着 いて来なされ」 牡丹「{部屋に戻って}奥方様。連れてまいりました。寝る折りの枕を商う者だそうでご ざります」 奥方「さようか。 {枕屋に}枕屋。どのような枕じゃ」 枕屋「寄席の踊り好みの夢枕でございます」 奥方「ほー、踊りながら、枕につくのか」 枕屋「そうではございませんで。これは世にも不思議な枕でございまして。この枕をして 眠りますと、夢の中にお好みの寄席の踊りが現れます。それはそれは楽しい気分でご ざいます」 奥方「なかなか面白そうじゃの。 {牡丹へ}のう、牡丹、どうじゃ?」 牡丹「奥方様。洒落者の殿様に買って差し上げたら、いかがでしょう。お忍びで寄席にも お出掛けになる殿様のことでございますから、ぞや、お喜びのことと思いますが」 奥方「そうじゃの。先日もお出掛けの折り、『今日は洒落で洒落よう』などと妙なことを 申しまして、『いざ、洒落ば(さらば)』などと、おどけて出ていきました」 牡丹「それなら、なおさらのこと。この枕はお気に入ると思います」 {枕屋に}これ、枕屋。買う前に、ここで試してもよいか」 枕屋「かまいませんで。 {回りへ}では、どなたか、横になってくださいまし。どなたでもよろしゅうござん すよ」 奥方「誰ぞ。試してみたい者はおらんか? 遠慮することはない。申し出よ」 鹿野「奥方様。わたくしが試しましょうか」 奥方「おお、鹿野。試してみるか。 {枕屋に}枕屋。この者が試しますぞ」 枕屋「鹿野さまとおっしゃいますか。まずは試し枕。なにか、お好みがございますか」 鹿野「先日、寄席へ伺いました。[奴さん]の踊りを見ました。当お屋敷にも奴さんはお りますが、寄席の高座で拝見するとは思いませんでした」 枕屋「そうですか、[奴さん]ですね。それでは、口開けですので、[奴さん]でも大ぶ りの枕を使いましょう。 {奥方へ}奥方様。この縁先を少しばかり拝借させていただきます。 {鹿野}鹿野さま。では、これへ横になってくださいまし」 鹿野「ここで横になるのですか。恥ずかしいですわ。奥で試してまいります」 枕屋「こちらでやっていただきたいので。そのほうが、みなさまにもおわかりいただけて、 ありがたいのですが」 鹿野「そうですか……。 {奥方へ}では、奥方様。御免な蒙りまして、横にならしていただきます。 {枕屋へ}枕屋さん。こうして枕を宛がっておれば、よろしいのですか」 枕屋「あのゥ、目をつぶってくださいまし」 鹿野「やはり、目をつぶるのですか」 枕屋「はい。物には順というものがありますから、夢を見るためには目を閉じて寝なくて はいけません。狸なら目を開けて寝られましょうが、鹿野さまには無理でしょう。は い、目を瞑ってください。そうです。ついでに口も閉じましょう。夢が涎を伝わって 漏れるといけませんから。いいですか。ここで、あたしが念力を入れますよ。鹿野さ まのお好みは[奴さん]。[奴さん]の夢を見よう。夢を見よう。夢を見よう。ハイ、 お休みくださいまし」 {三味線が眠たいような曲で、暗転になる} {暗転のまま。上手のメクリは[奴さん]に替える} {暗転のまま。圓窓、下手の高座へ座る。中央高座の座布団、はける。踊り手の三 遊亭歌る多、下手より舞台中央にスタンバイ} {暗転のまま、ドドンの太鼓で三味線が眠たいような曲から、[奴さん]に変わる} {夢を現すようなピンの照明が舞台中央にあたる} {歌る多、[奴さん]を踊り始める} {圓窓は下手高座よりその踊りを見て楽しむ。つまり、夢の中で踊りを見る意} 一、アア コリャコリャ 奴さんだよ エ〜エ 奴さん どちら行く アア コリャコリャ 旦那お迎えに さても寒いのに供揃い 雪ノセ 降る夜も風の日も アサテ お供はつらいね いつも奴さんは 高ばしょり アリャセ コリャセ それも そうかいなァ エ〜エ {[奴さん]を終え、歌る多は上手へ入る} {照明はそのままで、続いて、古今亭志ん橋が下手より出て、[姉さん]を踊る} 一、アア まだまだ 姉さんだよ エ〜エ 姉さん ほんかいな アア コリャコリャ 後朝の言葉も 交わさず明日の夜も 裏ノセ 窓にはわし一人 アサテ 合図はよいか 首尾をようして逢いにきたわいな アリャセ コリャセ それも そうかいなァ エ〜エ {[姉さん]を終えて、志ん橋は上手へ入る} {照明はそのままで、続いて、三遊亭吉窓が下手より出て、[前座さん]と[お客さん] を踊る} 一、エ〜エ 噺家さん どちら行く アア コリャコリャ 使い走りにも 扇子 手放さず また稽古 腹がさ 減っても 金はなし アサテ 前座は つらいね いつか 国立の トリをとる アリャセ コリャセ それも そうかいなァ エ〜エ 一、エ〜エ お客さん どちら行く アア コリャコリャ 寄席の帰りがけ オツな 噺家に 声かけて 芸をさ 褒めほめ 祝儀切る アサテ お客さんは 偉いね 商い 繁盛 福來たる アリャセ コリャセ それも そうかいなァ エ〜エ {[お客さん]を終え、暗転になる。吉窓は下手へ入る} {暗転の最中に上手のメクリを[寄席舞踊夢枕屋]に替える} {暗転の内に、下手高座の圓窓の声で現実の明かりになる} 枕屋「鹿野さま。鹿野さま。お目覚めください。どうでした?」 鹿野「はい、はい……。まぁ、恥ずかしい…、ここで寝てしまいました」 枕屋「夢はご覧になれたでしょう?」 鹿野「はい。[奴さん]だけじゃなくて、[姉さん]から[前座さん][お客さん]って、 一つ曲でいろんな踊りがあるんですね」 枕屋「少し大ぶりの枕で試しましたんで、どっさり出てきました」 鹿野「奴さんを踊った方は、落語家さん?」 枕屋「はい。三遊亭歌る多ってぇまして、日本で最初の女の真打です」 鹿野「そうですか。次の[姉さん]は?」 枕屋「古今亭志ん橋。武骨な男ですが、夢中で踊ってましたでしょう」 鹿野「はい。あとの二つ[前座さん]と[お客さん]は?」 枕屋「三遊亭吉窓が踊りました。あの二つの歌詞は師匠の圓窓が作りまして、美代川の振 り付けです」 鹿野「そうですか。あれは始めて見ました。とても楽しかったです。本当に寄席に行った ようで」 枕屋「{女中たちに}お女中衆、お聞きの通りです。嘘じゃない、夢の枕ですよ。お次は どなたでしょう? 試し枕は?」 菊美「あのー、菊美と申しますが」 枕屋「菊美さん…、へぇへぇ」 菊美「あたくしの国は岡崎なんです。寄席の踊りの中に、岡崎を唄った踊りが……」 枕屋「ありますよ、[五万石]ですね」 菊美「そうそう、それです。幼い頃、亡くなった祖父がよく踊って見せてくれました。そ れで覚えているのですが」 枕屋「そうですか。では、横になって、この枕を宛ててくださいまし」 菊美「はい。でも、寝顔を見られるのは、恥ずかしいですわ」 枕屋「寝顔を見られんのは、お嫌ですか。じゃ、死に顔にしますか? 嫌でしょう。じゃ、 寝顔にしましょうね」 菊美「枕屋さんは凄いことをおっしゃいますのね」 枕屋「ま、こう言うと、だいたいおとなしくなりますので、はい」 菊美「わかりました。覚悟を決めましたので、お願いします」 枕屋「では、念力を入れますよ。菊美さまのお好みは[五万石]。[五万石]の夢を見よ う。夢を見よう。夢を見よう。ハイ、お休みくださいまし」 {三味線が眠たいような曲で、暗転になる} {暗転のまま。上手のメクリは[五万石]に替える} {暗転のまま。踊り手の柳家三三、下手より舞台中央にスタンバイ} {暗転のまま、ドドンの太鼓で三味線が眠たいような曲から、[五万石]に変わる} {夢を現すようなピンの照明が舞台中央にあたる} {三三、[五万石]を踊り始める} {圓窓は下手高座よりその踊りを見て楽しむ。つまり、夢の中で踊りを見る意} 一、五万石でも岡崎さまは ハア ヨイ コノサンサ お城下まで船が着く しょんがいな ヤレコラ 船が着く お城下まで船が着く しょんがいな ヨーイ ヨーイ ヨイコノサンセ まだまだ 囃せ 二、めでた めでたの若松さまよ ハア ヨイ コノサンサ 枝も栄えて 葉も茂る おめでたや ヤレコラ 葉も茂る 枝も栄えて 葉も茂る おめでたや ヨーイ ヨーイ ヨイコノサンセ まだまだ 囃せ {[五万石]を終え、暗転になる。三三は下手へ入る} {暗転の最中に上手のメクリを[寄席舞踊夢枕屋]に替える} {暗転の内に、下手高座の圓窓の声で現実の明かりになる} 枕屋「もし、菊美さま。どうでした?」 菊美「はい、はい。あたしも本当に寝てしまいました。恥ずかしい…」 枕屋「夢はご覧になりましたか」 菊美「はい、見ました。いい男が踊ってくれました」 枕屋「柳家三三といいまして、なかなかの色男です」 菊美「あたくし、踊りを見ておりまして、亡くなった祖父を思い出して……」 枕屋「踊りのどこんところですか?」 菊美「三三さんが足拍子をして左足一本で立つところで、足がガクガクッとして体が少し 揺れました。祖父もああなって倒れて亡くなりました。祖父を思い出して、つい、涙 で枕を濡らしました。これ、涎じゃありませんので。申し訳ございません」 枕屋「結構ですよ。そういうことでしたら、商売冥利に尽きますんで。 {回りを見渡して}お次は? 奥方様、いかがでございますか」 奥方「あたくしも試すのですか」 枕屋「へぇ。お気に入りましたら、殿様にもお買い上げ願いたいのですが」 奥方「そうですね。面白そうですね。あたしも試したくなりましたね」 枕屋「では、奥方様のお好みは?」 奥方「その夢枕は寄席踊りだけですか。他の夢は叶わないのですか」 枕屋「家にはいろんな夢枕があります。音曲とか、声色とか。しかし、残らず担いでは回 れませんので、今日は寄席踊りの夢枕ということで。ご注文がございましたら、おっ しゃってくださいまし。明日にでもお持ちいたしますので」 奥方「なかなか商いがお上手ですね」 枕屋「恐れ入ります。そう褒められますと、穴があったら入りたくなります」 奥方「わたしはお芝居が大好きでして」 枕屋「あたしも芝居は大好きです。では、近々、芝居の夢枕をお持ちしましょう。今日は とりあえず、こちらが暖ったか(安宅)の関ですので、一つ気取らせていただきまし て……。 {三味線の音が流れてくる}おや…? お武家屋敷に似合わぬ三味線の音…。これは …?」 奥方「お隣の斧屋様のお屋敷です。ご三男の五十郎様がよく弾いていらっしゃいますよ」 枕屋「杵屋伊十郎ではないんですか」 奥方「いいえ。杵ではなくて、斧で斧屋。伊十郎ではなくて、五十郎です」 枕屋「乙な名ですね。斧とくると、忠臣蔵五段目の斧定九郎。定九郎が与市兵衛から奪い 取った金子が五十両。で、斧屋五十郎。いいね、こりゃ。 その五十郎様に、勧進帳のさわりを弾いてもらえると、弁慶が気取れて、嬉しいん だが……。 {勧進帳の弁慶の調子で}出で出で、最後のお試しなされ。 {三味線が山伏の勤めの曲になる}よッ。お隣もその気になってますよ、奥方様」 奥方「嬉しいですね。ならば、わたしも富樫を…、といっても、富樫の奥方ですよ」 枕屋「結構ですね」 {勧進帳の富樫左衛門の調子で}近頃、殊勝な小商人。先に承り候らえば、なんと他 にも夢枕と仰せありしが、目録帳のご所持なき事はよもあらじ。目録帳を遊ばされ候 え。これにて聴聞仕らん」 枕屋「{弁慶の調子で}なんと、目録帳を読めと仰せ候うや」 奥方「{富樫左衛門の調子で}いかにも」 枕屋「{弁慶の調子で}ウン、心得て候う。 {長唄調子で}√もとより目録帳のあらばこそ、箱の内より往来の扇子を一本取り出 だし、目録帳と名付けつつ、高らかにこそ読み上げけれ。 {弁慶の調子で}それ、つらつら、おもんみれば、あたしゃ一人寝肘枕。誰に貸すや ら腕枕。拗ねて甘えて膝枕。渡って眠いが枕橋。沓手鳥孤城落月、枕並べる大坂城。 枕高く寝られぬとて、熱が出てきて水枕。その枕元を離れずの看病いたせど、よだれ の跡が坊主枕に、死ねば読まれる枕経。笑った笑った落語の枕。いとあわれなり枕の 草子。あしびきの、敷島、垂乳根、千早ぶる、枕詞に雅なる三十一文字は歌枕。五十 三次旅枕、銭がないときゃ草枕。飲んだり食べたりその手を休める箸枕。馬から船に 乗り換えてみる波枕。揺られ揺られて船枕。寝るときゃ用心、枕捜し。にも関らず、 有り金盗られて、朝だというのに、お先真っ暗」 奥方「沢山あるんですね、枕は」 枕屋「{長唄の調子で}√天も響けと読み上げたり」 奥方「{富樫左衛門の調子で}目録帳、聴聞の上は疑いもあるべからず。さりながら、事 のついでに問い申さん世に、商いの品さまざまあり。中にも枕は、寝る人の首の下に 宛がう。これにも謂れあるや如何に」 枕屋「おお、その来由、いと易し。それ睡眠の法といっぱ、そもそも人間の寝ている間、 その魂は体から抜け出ずるものなり。なれば、その魂はいず方へ行くや。身近に定ま る蔵を求めて、その中に納まることをよしとす。然るに、枕の[ま]は、魂の[ま]。 その[ま]を納める物を[蔵]とし、寝る人の首の下に宛がう。これぞ枕の始めなり」 奥方「してまた、その枕を外す者、如何に」 枕屋「人相、手相には見られず、寝相にだけ現れるものにして、日頃の疲労が溜まりて、 不覚にも睡眠中に枕を外す。これ、はなはだ恥辱なり。また、落語家は起きているに も関らず、高座で喋り損のうて枕を外すことあり。これまた、もっての他の恥辱なり。 まだこの他にも枕のこと、問い糾しあらば、尋ねに応じて答え申さん。その徳、広 大無量なり」 奥方「かくも尊き枕屋を暫時も疑い申せしは、眼あってなきが如き我が不念。今よりそれ がし試しの枕につかん」 枕屋「ヘッ、ありがとう存じます。では、今日のところは、お好みの寄席踊り?」 奥方「そうですね、なににいたしましょうか」 枕屋「お国はどちらでございます?」 奥方「あたくしも殿も紀州から江戸へ来ましたの」 枕屋「紀州。かしこまりました。じゃ、[かっぽれ]なぞはいかがですか」 奥方「おお、それよ。噂には聞いておった。[かっぽれ]が評判じゃと。一度、見たいと 思っておったのじゃ。ここで、その夢を見たいものじゃの」 枕屋「かしこまりました。では、奥方様。どうぞ、こちらで横になってくださいまし」 奥方「あたくしも、横にですか」 枕屋「座ったままではなかなか寝られませんので、皆さまと同じように。それに、そのお 美しいお顔ですから、寝顔もさぞや、というわけで。ひとつ……」 奥方「みなが起きているのに、その中で一人で寝るというのは恥ずかしいですね」 枕屋「と言って、あたしが添い寝をするわけにいきませんで。ですから、お一人で。はい。 では、念力を入れますよ。奥方様のお好みは[かっぽれ]。[かっぽれ]の夢を見よう。 夢を見よう。夢を見よう。ハイ、お休みくださいまし」 {三味線が眠たいような曲で、暗転になる} {暗転のまま。上手のメクリは[かっぽれ]に替える} {暗転のまま。踊り手の江戸家まねき猫、下手より舞台中央にスタンバイ} {暗転のまま、ドドンの太鼓で三味線が眠たいような曲から、[かっぽれ]に変わる} {夢を現すようなピンの照明が舞台中央にあたる} {まねき猫、[かっぽれ]を踊り始める} {圓窓は下手高座よりその踊りを見て楽しむ。つまり、夢の中で踊りを見る意} 一、ヨッー イトナ ヨイヨイ 沖の暗いのに 白帆が サア 見ゆる サテ ヨイト コリャサ あれは紀伊の国 ヤレ コノ コレワイノサ ヨイト サッサッサ 蜜柑船じゃえ サテ 蜜柑船 蜜柑船じゃ サア 見ゆる サテ ヨイト コラセ あれは紀伊の国 ヤレ コノ コレワイノサ ヨイト サッサッサ 蜜柑船じゃえ {[かっぽれ]を終え、まねき猫は上手へ入る} {夢の照明は舞台全体を照らし、続いて、鈴々舎馬桜、三遊亭吉窓の二人が下手より 出て、[壇の浦]を踊る} 二、ヨッー イトナ ヨイヨイ ここはどこよと 船頭集に問えば サア ヨイサ サテ ヨイト コリャサ ここは屋島の ヤレ コノ コレワイノサ ヨイト サッサッサ 壇の浦 サテ 壇の浦 壇の浦じゃ サア ヨイサ サテ ヨイト コリャセ ここは屋島の ヤレ コノ コレワイノサ ヨイト サッサッサ 壇の浦 {[壇の浦]を終え、馬桜、吉窓そのまま舞台にいる} {夢の照明はそのままで、そこへ志ん橋、歌る多、まねき猫の三人が下手より出て、 計五人の[都鳥]の総踊りとなる} 三、ヨッー イトナ ヨイヨイ 沖じゃわしがことを 鴎というが サア ヨイサ サテ ヨイト コリャサ 隅田川では ヤレ コノ コレワイノサ ヨイト サッサッサ 都鳥 サテ 都鳥 都鳥じゃ サア ヨイサ サテ ヨイト コリャセ 田川では ヤレ コノ コレワイノサ ヨイト サッサッサ 都鳥 {[かっぽれ]が終わって、暗転。踊り手は上手へはける} {暗転の最中に上手のメクリを[寄席舞踊夢枕屋]に替える} {暗転の中、圓窓が下手の高座から中央の高座へ。圓窓の枕屋の声で、現実の照 明になる} 枕屋「奥方さま。お目覚めください。いかがでございましたか?」 奥方「ああ、夢を見ました。ありがとう、枕屋さん。お礼を申しまするぞ。大勢で見事な [かっぽれ]であったぞ」 枕屋「では、殿様にもお一ついかがですか。洒落のお好きな殿様と伺っております。お気 に召すと思いますのだ」 奥方「そうですね。買って差し上げましょうか。この枕はおいくらですか」 枕屋「気に入っていただけましたか。ありがとう存じます。いかがでございましょう、一 つ、七両二分という」 奥方「いいお値段ですね。もう少しお安くしなさいな」 枕屋「枕高く寝(値)付くもんですよ、奥方さま。七両二分。いかがです?」 奥方「女中どもも買うと思いますよ。数が沢山でるんですから、お負けしなさい」 枕屋「それが、どうも」 買い物となると、女は夢中になるもんで。 この頃、城中から帰宅したのが、この屋敷の殿様、富樫不在衛門。 いつもですと、一同が玄関に並んで、「お帰りあそばせ」「お帰りあそばせ」と挨 拶があるところなんですが、今日に限って出迎えに出る者もいない。不審に思って、 廊下伝いに声のする庭先の部屋へやってきて、障子の隙間からこの部屋の様子を見た。 なにを思ったか、襷十字にあやなして、鉢巻きをすると、刀を抜くて、部屋に飛び 込んで来た。 殿様「不義者見つけた。両名。それへ直れ!」 枕屋「あたしは枕屋でございます。不義なぞいたしておりません。 {奥方に}奥方様。なんとか、お口添えを」 奥方「あなたはなにをおっしゃいます。落ち着いてくださいませ。そのようなこと、断じ ていたしておりません。女中どもに訊いてくださいまし。なにを証拠にそのようなこ とをおっしゃいます」 殿様「『なにを証拠に』? {勧進帳の弁慶の調子で}証拠帳を読めと候うや。うん、心得 て候う。 {長唄調子で}√もとより証拠帳のあらばこそ。 {弁慶の調子で}それ、つらつら、おもんみれば、如何なる色恋、安っ宅(あったか) 知らねども、源を糾さば、平家(平気)な顔もできまい、そこな枕屋。あろうことか、 義経(押し付け)がましくも、おなごの首に枕を宛がい、不義密通を四天王(してん のう)。亀井(家名)を重んじ、仏の道を片岡(語ろうか)と申すなら、伊勢(いざ) 知らず、留守を付け込み、密会を駿河(するは)天も許すまじ。その上、この不在衛 門を鎌倉(騙くら)かそうと、ああだ、こうだの弁慶(弁解)無用。頼朝(それとも)、 今の内に己れの富樫(科し)を認めるか。エーイ、鼓(包)隠さず静(しずか)にい たせ!」 枕屋「お上手ですな。お噂通り、洒落の殿様。やんや、やんや」 殿様「喜んでいられるのは、これまでよ。枕屋。聞いておったぞ。枕は一つ七両二分だそ うな。まさに間男代金。しかし、さような金子はいらぬわ。枕屋。首を出せ。下手な 出し方をすると、斬られたあとが痛いぞ。できることなら、無痛斬首がよいであろう。 さ、首を出せ!」 枕屋「殿様。ご冗談はおやめください。あたしは、ただ今、奥方様に枕をお売りしようと しただけのことで」 殿様「それがなによりの証拠じゃ。枕を交わして(買わして)おったわ」 {圓窓、頭を下げて、上下から踊り手を招いて、一同座って揃ってお辞儀} {追い出しの太鼓とともに、幕下りる} |