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創作・ 架空落語 1 |
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夕 立 屋(ゆうだちや) |
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登場人物 | |
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世の中にはいろんな商売がありますが、夢に描いた面白い商売も登場するのが、 落語の世界でして。 夕立屋「夕立屋でござい! 夕立はいかがさま! 夕立屋でござい!」 旦那「おいおい。誰かいないか」 定吉「へ−い!」 旦「今、表を流している商人は、なに屋さんだい?」 定「サ−ッ」 旦「気のせいか、『ユ−ダチヤ』と聞こえるんだがな。ユーダチというと、あの夕立 かね」 定「サ−ッ」 旦「違うかな」 定「サ−ッ」 旦「お前はなにを言っても、サ−ァだな」 定「夕立ですから」 旦「なにを言ってるんだ。降る夕立だったら、面白い商売だ。そんな商売は見たこと も、聞いたこともない。ものは試しだ。どういうものだか、呼んで訊いてみましょ う。こっちへ、呼んでおくれ」 定「へーい」 定「{外へ出て}もしッ。もし、なんとか屋さん」 夕「なんとか屋、とは恐れ入りますな」 定「だって、よくわかんねぇからさ。なに屋なんだい?」 夕「夕立を商っております」 定「やっぱり、夕立屋さんかい?」 夕「さようで」 定「屋根に上がって、如雨露で水を撒くのかい?」 夕「いえ。本物の夕立を降らしてごらんにいれます」 夕「はい。さようで」 定「うちの旦那は、そういう『本物だ、本物だ』というのに随分と引っ掛かっている んだよ。だから、騙しやすいと思うけど」 夕「けして、騙すつもりはありませんで」 定「とにかく、こっちへお入りよ」 夕「へい」 定「{家の中に戻って}旦那。やっぱり、夕立屋さんでした。本物の夕立だそうです。 ですから、引っかからないように、気を付けてくださいよ」 旦「よけいなことを言うんじゃありません。 {夕立屋に}こちらへおいでなさい」 夕「ありがとう存じます」 旦「本物の夕立を降らせるとは、こりゃ大変なことだ。何年か前、ひどい日照りがあ りました。ほうぼうで何日もかけて、いろんな雨乞いをしたんだが、一滴も降らな かったことがあった。 みんなくたびれて、雨乞いを止めてしまった。 そしたら、秋口になって、やっと、雨が降りだした。『やっと、天に通じた』っ て。 だけど、これじゃ遅いんだ。すぐに降らしてもらいたいんだ。お前さんの夕立は どのくらい先なんだい」 夕「いえ。あたしはそんな暢気なことはいたしませんで。すぐに降らせてごらんにい れます」 旦「それは頼もしいね。じゃ、早速やっておくれ」 夕「降らせ方がいろいろとございます。この紙に書いてございますので、お読みにな って、よろしいのに○をつけてくださいまし」 旦「注文書かい? 面白いもんだね。なになに? 〔降らせる広さをいかほどとるや 〕」 夕「家一軒ごとに、お代が加算されます」 旦「なるほど。〔一、一軒。二、向こう三軒両隣〕。なるほど…。〔三、町内〕。町 内残らず降らせるのかい。こりゃ、すごいね」 夕「もっと、すごいのがございますよ」 旦「そうかい。なになに…。〔四、日本中〕。日本中!? こりゃ大変だね。家の身 代が潰れますよ。 {夕立屋に}日本中は将軍さまに売り込んだらどうだい?」 夕「いずれ、そのつもりで……」 旦「{定吉に}自分の家一軒というのも、なんか、寂しいな。向こう三軒両隣にする か。なあ、定吉や」 定「大きな声では言えませんが、隣のご隠居が心配です。なにしろ、風鈴の音がうる さいの、お線香の香りが臭くてやり切れないの、なんや、かやと文句を言う人なん ですから」 旦「そんな人なのかい」 定「こないだ、お竹どんが台所で秋刀魚を焼いてたら、その匂いが隣へ流れて行った んです。そしたら、塀越しに大きな声で、自分の家の女中のお清さんに言ってんで すよ。 『まずそうな秋刀魚の匂いだから、鼻が曲がってしまった。お清。鼻が真っ直ぐに なるようないい秋刀魚を買ってお出で』 って」 旦「ひどいことを言ってんだな、あの隠居は」 定「ですから、黙って隣の家にまで雨を降らせたら、なにを言われるかわかりません よ。『水を貰ったんだから、こっちからは火をやろう』なんて。そうなったら大変 です」 旦「そりゃ大変ですよ。近所ともめるのもいやだしなあ。 {夕立屋に}では、とりあえず、この家一軒だけということにしておくれ」 夕「かしこまりました。では、一に○をしてください」 旦「ああ、そうですか。一、一軒に○。{筆で○を付ける}」 夕「そうしましたら、次に進んでくださいまし」 旦「ああ、そうかい。 {紙を読む}なになに? 〔雨の量をいかにするや〕」 {夕立屋に}そうか。雨の量も注文できるのかい」 夕「はい。お好みの量に○を」 旦「また、○かい。{紙を見て}〔一、通り雨〕。なるほど。通り雨か…」 夕「お求めやすい値になっております」 旦「安いのかい」 夕「通り相場になっております」 旦「通り相場は面白いね。{紙を見て}〔二、雨漏り〕。なるほど。雨漏りね。若い 頃、くすぶっていた長屋を思い出すな。雨漏りもいいな」 定「いけませんよ、旦那。懐かしいだけでことを運ばないでください。これだけの身 代で、雨漏りがしたなんてことが外へ知れますと、笑われてしまいます。『やっぱ り、あの家も台所は苦しいんだな』と。それに、漏ってきた雨を受ける盥や桶もそ んなにありません」 夕「小僧さん。ご心配なく。桶や盥はお貸ししておりますので、おっしゃってくださ いませ」 旦「へー。そういうこともやってんのかい。感心しましたよ」 夕「昔と違って、今では夕立屋もいろいろとやっていかないと、食っていけませんで」 旦「定吉がそう言うから、雨漏りはよそう。{紙を見て}〔三、家流れ〕。流される のは困りますね」 夕「そうでしょうなあ。今まで、その注文はありませんでした」 旦「当たり前ですよ。通り雨にしておくれ」 夕「それでは、一に○を」 旦「また、一だね。はいはい」 夕「それから、縦の雨、斜の雨、横の雨。これもいろいろと取り揃えております。よ ろしいのに○を」 旦「なるほど。いろいろあるもんですね。見た目に斜めのほうが乙だろうね」 夕「その代わり、ちょっと、風が加わりますが」 旦「そうか。斜めは風が吹かなくては無理なんだ。じゃ、やんわりと吹いてもらおう か。斜めの雨は、二だね。二に○」 夕「他にご注文もできますが」 旦「どんな?」 夕「雷を付けるのは、いかがでしょうか」 旦「雷ね…。なかなかいいもんですよ、雷も」 夕「雷にもいろいろとございますので、お読みくださいまし」 旦「なになに? また、選ぶのかい? 〔一、音。二、稲光。三、落雷〕」 夕「落雷には音、稲妻は入っております」 旦「そうかい。気を遣っているね」 夕「落雷にもいろいろとございます」 旦「なになに…。〔一、遠方。二、近所。三、自宅〕。自宅はいけませんよ。へたを すると、命を落としますよ。では、〔三の落雷。一の遠方〕。これに、○をしまし ょう。 {夕立屋に}これで、どうだい、夕立屋さん」 夕「ありがとう存じます」 旦「おいくらですか、夕立代は?」 夕「通り雨の一軒ですから、これは、ほんの一部(一分)」 旦「なるほど、ほんの一部(一分)というのは洒落てて面白いね。雷のお値段は?」 夕「雷は、落雷でしたね。ですから、ゴリョゴリョゴリョ(五両、五両、五両)で、 三ゴリョ(三五の)、一五両」 旦「馬鹿に高いな、それは」 夕「しかし、ご安心ください。遠方をお撰びになりましたので、音は小さくなります。 つまり、値(音)は小さく、ゴリョ(五両)になります」 旦「となると、合わせて、五両一分だね」 夕「さようで」 旦「{定吉に}五両一分。持ってきておくれ」 定「ヘーイ」 旦「{夕立屋に}今、あたしは雷の音だけにすればよかったと思っているんだ。なぜ って、それだったら、代金も小判の音だけですむんじゃないかい」 夕「それはご勘弁くださいまし」 旦「これは冗談ですよ」 定「{代金を持ってきて、旦那へ}お待ちどうさま」 旦「{受け取って}はいはい。 {夕立屋へ}はい。代金ですよ。お調べください」 夕「ありがとう存じます」 旦「あと、こっちは、こうして待っていればいいのかい」 夕「さようでございます。落雷の場合は、臍くりを取られないように気を付けていた だくのですが、旦那さまは遠方をお撰びになりましたので、その心配も無用でござ います」 旦「そういうもんかね。楽しみに待ちましょう。 {奥へ}定吉や。団扇を持ってきておくれ。 {辺りを見回して}おや…? 夕立屋さんがいなくなったよ。どこへ行ったかな」 定「言わないこっちゃない。逃げられたんですよ。旦那さまはまた騙せれたんですよ」 旦「まさか、そんなことはないだろう」 話をしているうちに、一天にわかにかき曇った。 おやッ? と思っていると、ポツッ…、ポツッ、ポツ、ポツ、ザーーーッという 雨。 旦「やあ、降ってきた、降ってきたッ。夕立、夕立だッ」 定「じゃ、騙されたんじゃないんですね」 旦「{奉公人みんなへ}さあ、じっくりと見なさい。夕立だ」 なるほど、遠くのほうで、ピカッと光って、ちょっと間があって、ゴロゴロゴロ。 まったく、オプション通りですよ。 定「旦那。ごらんください。お向こうの家の女中さんがあわてて、干してある布団を 取り込んでます」 旦「『大丈夫だよ』と言ってあげなさい」 定「この雨音で声は届きませんよ」 店の者は大喜び。 ところが、近所の人や近くを通った人は驚いた。 ×「なんだい、この雨。一軒だけに降ってるよ」 △「芝居の雨みてえだな」 ×「このあと、柝が入って、幕が閉まるのかな」 もう、えらい騒ぎ。 今の時間でいうと、三〇秒立つか、立たないかのうちに、雨は、サーッと上がっ てしまった。 定「旦那。もうおしまいです」 旦「通り雨に○をしたから、これで終わりだ。遠雷もあったし」 夕「{また、現われて}いかがでございましたでしょうか」 旦「いい遊びをさせてもらいました。五両一分は安いもんだ」 夕「そう言っていただけると、商売冥利に尽きます」 旦「お前さんはただ者じゃないな。何者だい?」 夕「実は、天に住んでおります龍でございます」 旦「天の龍かい? 本当かい? 恐れ入ったね、まったく。夏。人さまに涼しさを与 えて喜ばれる。これはとてもいい商売だ。しかし、これは夏だけの商売だろうな。 いくら物好きだって、正月に夕立がほしいなんて人はいなかろう」 夕「へえ、そういうことでございますな」 旦「じゃあ、冬になると、商売替えをするのかい」 夕「人さまに暖かさを差し上げようと、やっております」 旦「なるほど。部屋にいて、『ちょいと寒いね』なんてことがあるからな。そんなと き、仕事をするのかい、お前さんが?」 夕「いいえ。それはあたくしの伜の子龍(炬燵)がいたします」 |