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 創作・ 架空落語 1

夕 立 屋(ゆうだちや)


原作 江戸小咄
脚色 六代(現) 三遊亭圓窓
口演 六代(現) 三遊亭圓窓

                       登場人物
夕立屋  (三〇歳)夕
旦那   (五〇歳)旦
小僧 定吉(一〇歳)定
町内の人    × △

  世の中にはいろんな商売がありますが、夢に描いた面白い商売も登場するのが、
 落語の世界でして。
夕立屋「夕立屋でござい! 夕立はいかがさま! 夕立屋でござい!」
旦那「おいおい。誰かいないか」
定吉「へ−い!」
旦「今、表を流している商人は、なに屋さんだい?」
定「サ−ッ」
旦「気のせいか、『ユ−ダチヤ』と聞こえるんだがな。ユーダチというと、あの夕立
 かね」
定「サ−ッ」
旦「違うかな」
定「サ−ッ」
旦「お前はなにを言っても、サ−ァだな」
定「夕立ですから」
旦「なにを言ってるんだ。降る夕立だったら、面白い商売だ。そんな商売は見たこと
 も、聞いたこともない。ものは試しだ。どういうものだか、呼んで訊いてみましょ
 う。こっちへ、呼んでおくれ」
定「へーい」


定「{外へ出て}もしッ。もし、なんとか屋さん」
夕「なんとか屋、とは恐れ入りますな」
定「だって、よくわかんねぇからさ。なに屋なんだい?」
夕「夕立を商っております」
定「やっぱり、夕立屋さんかい?」
夕「さようで」
定「屋根に上がって、如雨露で水を撒くのかい?」
夕「いえ。本物の夕立を降らしてごらんにいれます」
夕「はい。さようで」
定「うちの旦那は、そういう『本物だ、本物だ』というのに随分と引っ掛かっている
 んだよ。だから、騙しやすいと思うけど」
夕「けして、騙すつもりはありませんで」
定「とにかく、こっちへお入りよ」
夕「へい」


定「{家の中に戻って}旦那。やっぱり、夕立屋さんでした。本物の夕立だそうです。
 ですから、引っかからないように、気を付けてくださいよ」
旦「よけいなことを言うんじゃありません。
 {夕立屋に}こちらへおいでなさい」
夕「ありがとう存じます」
旦「本物の夕立を降らせるとは、こりゃ大変なことだ。何年か前、ひどい日照りがあ
 りました。ほうぼうで何日もかけて、いろんな雨乞いをしたんだが、一滴も降らな
 かったことがあった。
  みんなくたびれて、雨乞いを止めてしまった。
  そしたら、秋口になって、やっと、雨が降りだした。『やっと、天に通じた』っ
 て。
  だけど、これじゃ遅いんだ。すぐに降らしてもらいたいんだ。お前さんの夕立は
 どのくらい先なんだい」
夕「いえ。あたしはそんな暢気なことはいたしませんで。すぐに降らせてごらんにい
 れます」
旦「それは頼もしいね。じゃ、早速やっておくれ」
夕「降らせ方がいろいろとございます。この紙に書いてございますので、お読みにな
 って、よろしいのに○をつけてくださいまし」
旦「注文書かい? 面白いもんだね。なになに? 〔降らせる広さをいかほどとるや
 〕」
夕「家一軒ごとに、お代が加算されます」
旦「なるほど。〔一、一軒。二、向こう三軒両隣〕。なるほど…。〔三、町内〕。町
 内残らず降らせるのかい。こりゃ、すごいね」
夕「もっと、すごいのがございますよ」
旦「そうかい。なになに…。〔四、日本中〕。日本中!? こりゃ大変だね。家の身
 代が潰れますよ。
 {夕立屋に}日本中は将軍さまに売り込んだらどうだい?」
夕「いずれ、そのつもりで……」
旦「{定吉に}自分の家一軒というのも、なんか、寂しいな。向こう三軒両隣にする
 か。なあ、定吉や」
定「大きな声では言えませんが、隣のご隠居が心配です。なにしろ、風鈴の音がうる
 さいの、お線香の香りが臭くてやり切れないの、なんや、かやと文句を言う人なん
 ですから」
旦「そんな人なのかい」
定「こないだ、お竹どんが台所で秋刀魚を焼いてたら、その匂いが隣へ流れて行った
 んです。そしたら、塀越しに大きな声で、自分の家の女中のお清さんに言ってんで
 すよ。
 『まずそうな秋刀魚の匂いだから、鼻が曲がってしまった。お清。鼻が真っ直ぐに
 なるようないい秋刀魚を買ってお出で』
  って」
旦「ひどいことを言ってんだな、あの隠居は」
定「ですから、黙って隣の家にまで雨を降らせたら、なにを言われるかわかりません
 よ。『水を貰ったんだから、こっちからは火をやろう』なんて。そうなったら大変
 です」
旦「そりゃ大変ですよ。近所ともめるのもいやだしなあ。
 {夕立屋に}では、とりあえず、この家一軒だけということにしておくれ」
夕「かしこまりました。では、一に○をしてください」
旦「ああ、そうですか。一、一軒に○。{筆で○を付ける}」
夕「そうしましたら、次に進んでくださいまし」
旦「ああ、そうかい。
 {紙を読む}なになに? 〔雨の量をいかにするや〕」
 {夕立屋に}そうか。雨の量も注文できるのかい」
夕「はい。お好みの量に○を」
旦「また、○かい。{紙を見て}〔一、通り雨〕。なるほど。通り雨か…」
夕「お求めやすい値になっております」
旦「安いのかい」
夕「通り相場になっております」
旦「通り相場は面白いね。{紙を見て}〔二、雨漏り〕。なるほど。雨漏りね。若い
 頃、くすぶっていた長屋を思い出すな。雨漏りもいいな」
定「いけませんよ、旦那。懐かしいだけでことを運ばないでください。これだけの身
 代で、雨漏りがしたなんてことが外へ知れますと、笑われてしまいます。『やっぱ
 り、あの家も台所は苦しいんだな』と。それに、漏ってきた雨を受ける盥や桶もそ
 んなにありません」
夕「小僧さん。ご心配なく。桶や盥はお貸ししておりますので、おっしゃってくださ
 いませ」
旦「へー。そういうこともやってんのかい。感心しましたよ」
夕「昔と違って、今では夕立屋もいろいろとやっていかないと、食っていけませんで」
旦「定吉がそう言うから、雨漏りはよそう。{紙を見て}〔三、家流れ〕。流される
 のは困りますね」
夕「そうでしょうなあ。今まで、その注文はありませんでした」
旦「当たり前ですよ。通り雨にしておくれ」
夕「それでは、一に○を」
旦「また、一だね。はいはい」
夕「それから、縦の雨、斜の雨、横の雨。これもいろいろと取り揃えております。よ
 ろしいのに○を」
旦「なるほど。いろいろあるもんですね。見た目に斜めのほうが乙だろうね」
夕「その代わり、ちょっと、風が加わりますが」
旦「そうか。斜めは風が吹かなくては無理なんだ。じゃ、やんわりと吹いてもらおう
 か。斜めの雨は、二だね。二に○」
夕「他にご注文もできますが」
旦「どんな?」
夕「雷を付けるのは、いかがでしょうか」
旦「雷ね…。なかなかいいもんですよ、雷も」
夕「雷にもいろいろとございますので、お読みくださいまし」
旦「なになに? また、選ぶのかい? 〔一、音。二、稲光。三、落雷〕」
夕「落雷には音、稲妻は入っております」
旦「そうかい。気を遣っているね」
夕「落雷にもいろいろとございます」
旦「なになに…。〔一、遠方。二、近所。三、自宅〕。自宅はいけませんよ。へたを
 すると、命を落としますよ。では、〔三の落雷。一の遠方〕。これに、○をしまし
 ょう。
 {夕立屋に}これで、どうだい、夕立屋さん」
夕「ありがとう存じます」
旦「おいくらですか、夕立代は?」
夕「通り雨の一軒ですから、これは、ほんの一部(一分)」
旦「なるほど、ほんの一部(一分)というのは洒落てて面白いね。雷のお値段は?」
夕「雷は、落雷でしたね。ですから、ゴリョゴリョゴリョ(五両、五両、五両)で、
 三ゴリョ(三五の)、一五両」
旦「馬鹿に高いな、それは」
夕「しかし、ご安心ください。遠方をお撰びになりましたので、音は小さくなります。
 つまり、値(音)は小さく、ゴリョ(五両)になります」
旦「となると、合わせて、五両一分だね」
夕「さようで」
旦「{定吉に}五両一分。持ってきておくれ」
定「ヘーイ」
旦「{夕立屋に}今、あたしは雷の音だけにすればよかったと思っているんだ。なぜ
 って、それだったら、代金も小判の音だけですむんじゃないかい」
夕「それはご勘弁くださいまし」
旦「これは冗談ですよ」
定「{代金を持ってきて、旦那へ}お待ちどうさま」
旦「{受け取って}はいはい。
 {夕立屋へ}はい。代金ですよ。お調べください」
夕「ありがとう存じます」
旦「あと、こっちは、こうして待っていればいいのかい」
夕「さようでございます。落雷の場合は、臍くりを取られないように気を付けていた
 だくのですが、旦那さまは遠方をお撰びになりましたので、その心配も無用でござ
 います」
旦「そういうもんかね。楽しみに待ちましょう。
 {奥へ}定吉や。団扇を持ってきておくれ。
 {辺りを見回して}おや…? 夕立屋さんがいなくなったよ。どこへ行ったかな」
定「言わないこっちゃない。逃げられたんですよ。旦那さまはまた騙せれたんですよ」
旦「まさか、そんなことはないだろう」


  話をしているうちに、一天にわかにかき曇った。
  おやッ? と思っていると、ポツッ…、ポツッ、ポツ、ポツ、ザーーーッという
 雨。
旦「やあ、降ってきた、降ってきたッ。夕立、夕立だッ」
定「じゃ、騙されたんじゃないんですね」
旦「{奉公人みんなへ}さあ、じっくりと見なさい。夕立だ」

  なるほど、遠くのほうで、ピカッと光って、ちょっと間があって、ゴロゴロゴロ。
  まったく、オプション通りですよ。
定「旦那。ごらんください。お向こうの家の女中さんがあわてて、干してある布団を
 取り込んでます」
旦「『大丈夫だよ』と言ってあげなさい」
定「この雨音で声は届きませんよ」


  店の者は大喜び。
  ところが、近所の人や近くを通った人は驚いた。
×「なんだい、この雨。一軒だけに降ってるよ」
△「芝居の雨みてえだな」
×「このあと、柝が入って、幕が閉まるのかな」


  もう、えらい騒ぎ。
  今の時間でいうと、三〇秒立つか、立たないかのうちに、雨は、サーッと上がっ
 てしまった。
定「旦那。もうおしまいです」
旦「通り雨に○をしたから、これで終わりだ。遠雷もあったし」
夕「{また、現われて}いかがでございましたでしょうか」
旦「いい遊びをさせてもらいました。五両一分は安いもんだ」
夕「そう言っていただけると、商売冥利に尽きます」
旦「お前さんはただ者じゃないな。何者だい?」
夕「実は、天に住んでおります龍でございます」
旦「天の龍かい? 本当かい? 恐れ入ったね、まったく。夏。人さまに涼しさを与
 えて喜ばれる。これはとてもいい商売だ。しかし、これは夏だけの商売だろうな。
 いくら物好きだって、正月に夕立がほしいなんて人はいなかろう」
夕「へえ、そういうことでございますな」
旦「じゃあ、冬になると、商売替えをするのかい」
夕「人さまに暖かさを差し上げようと、やっております」
旦「なるほど。部屋にいて、『ちょいと寒いね』なんてことがあるからな。そんなと
 き、仕事をするのかい、お前さんが?」
夕「いいえ。それはあたくしの伜の子龍(炬燵)がいたします」