圓窓五百噺ダイジェスト(み行)

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三井の貸し傘(みついのかしがさ)/未練の夫婦(みれんのふうふ)


圓窓五百噺ダイジェスト 205[三井の貸し傘(みついのかしがさ)]

 日向屋の主は小僧の定吉を共に越後屋へ買い物に行ったが、降りだした雨にそこで
三井の貸し傘を二本借りた。その傘には〈井桁に三〉の三井家の紋が入っている。
 帰り道、主は〈三井の紋の由来〉〈店前(みせさき)現金掛け値なし〉〈小裂も売
る〉〈越後屋にないものはない〉、そして〈貸し傘〉などを絶賛して、「作ってよし、
売ってよし、買ってよしの三方が揃って、初めて世間よしに繋がる」と定吉に語った。
 定吉は、五年前の雨の日、破れ傘一本で勘当された若旦那のことを褒め、ちゃちを
入れちゃぁ返事をしながら着いてきた。
 その途中、八幡さまの庇の下に傘なしで雨宿りの娘(なみ)を見つけて、三井の貸
し傘の一本を貸してやる。そして「越後屋さんへ返してくれればいいさ」と名も告げ
ずに立ち去った。
 翌日、なみは越後屋へその傘を返しに行って、貸してくれた人の名を「神田田町の
日向屋」と教えてもらった。
 その翌日、なみは用足しのあと、傘のお礼にと日向屋に向ったが、またも降りだし
た雨に、八幡さまの庇の下で雨宿り。
 すると、若者が「入りませんか」と三井の貸し傘を差し掛けてきた。
 なみは躊躇したが、昨日と同じ三井の貸し傘になにかの縁だと思い、入れてもらっ
て歩き出した。若者に昨日の傘のことを話して「日向屋へお礼に行くところです」と
言う。ところが、歩いているうちになみは差し込みがきたのか、脇腹を抑えてしゃが
み込んでしまった。
 若者はなみを負ぶって淡路町のなみの長屋へ送ることにした。長屋には寝たきりの
母親が一人いると言う。
 なみを届け、横にさせた若者は知り合いの医者を呼んで、自腹を切って手当てをさ
せた。これがきっかけで、若者と医者がちょいちょい見舞いに顔を出すようになり、
親子は全快した。
 ある日、若者が見舞うと、なみが一人。母親は近くへ用足しに出掛けたと言う。な
みから親子の秘密を聞かされた。
「実は、あたしは三つのとき、八幡さまに捨てられ、ここのおっかさんとおとっつぁ
んに拾われたんです。おとっつぁんは二年前に亡くなりました。二人はあたしの命の
恩人なんです」
「そうでしたか……」
 こんな会話があって、二人はなにか近付くものを感じ出した。
 それから、ふた月後。
 日向屋に越後屋の旦那がやってきた。
「今日はあたしのほうから日向屋さんへお返しするものがありまして」
 越後屋は表に待たしている若者を呼び入れた。日向屋の倅、陽之助である。
 越後屋は話を続けた。
「五年前。雨の日でした。用足しの戻り道、八幡さまのところで破れ傘を一本抱えて
震えている男を見つけました。勘当されたそうです。なんとかしてやろうと、日本橋
は人目につくので出店へ置きました。よく働きました。それに、よく商いの道を学ん
でくれました。今ではどこへ出しても恥ずかしくないでしょう。いかがです。日向屋
さん。受け取っていただけますかな。この日向屋のあとを継がせてやってくださいな」
「……、受け取ります……」
「もう一つ。差し上げたいものがございましてな」
 越後屋は表に待たしているという女を呼び入れた。なみである。
 越後屋はなみのこと、そして、なみと陽之助とのことを語り、二人を夫婦にするこ
とを勧めた。
 なみは改めて日向屋に挨拶をした。
「越後屋さんの貸し傘の縁がずーっと続いて、おっかさんまで助けてもらいました。
陽之助さんの嫁になって尽くしたいと思います」
 日向屋が言った。
「なみさんや。この陽の助は途轍もない道楽者でした。雨の日、唐傘一本でこの家か
ら叩き出された男なんだよ。それでもいいのかい?」
「はい。その傘を相合傘にいたします」

(圓窓のひとこと備考)
 平成19年7月13日の第538回 三越落語会は〈三越劇場 創立80周年記念〉
の公演で、創業の祖三井八郎右衛門を称えて越後屋のアイデア商法の一つ〈三井の貸
し傘〉を取り上げて創作落語にして、高座にかけました。あたしは落語の演者であり
作者でもあることを自負しておりますので、三越から創作の注文いただいて、その感
激も一入です。
 既成の落語では甚五郎物の[三井の大黒]が有名ですが、この創作には甚五郎は登
場しません。そして、越後屋の主は登場しますが、主には越後屋を語らせず、他の店
(日向屋)の主と小僧に越後屋の素晴らしさを語らせました。このほうが、三井家や
越後屋の教えが解り易く聞き手に伝わるのではないかと思ったからです。

《作者》圓窓(6)
《演者》圓窓(6)
《落ちの要素》縁語
2007.7.31 UP




圓窓五百噺ダイジェスト 146 [未練の夫婦(みれんのふうふ)]

 ある夫婦。
 夫が帰宅すると、妻が不在。近頃の妻はどうも不在がちで様子がおかしいと、ふと
疑い始めた。
「先だっても、おれが風邪で寝込んで、げっそりと痩せこけてきても、やつはちょい
ちょい外へ出掛けて旨い物でも食ってくるのか、丸々と太ってきゃがった」
 そこへ妻が帰ってきた。「ちょいと買い物に行っていた」と言う。
 夫は「買い物に行くなじゃないが、近頃、出掛け過ぎるぞ」となじった。「でも、
あんたの物を買ってきたの。ほら」と言われて、少しは機嫌を直した。
 ところが、それを見ると、鼻紙。
 妻は「ついでにあたしのものも買ったの。この反物」を出した。
 夫は鼻紙と反物を見ているうちに、また怒りがこみ上げてきた。
 とうとう夫婦は言い合いになり、ついに夫は「一緒に暮らすわけにはいかない。出
ていけ!」と怒鳴り出した。
 売り言葉に買い言葉で、妻も「わかったわよ」と、鏡台の前で化粧をはじめ、身仕
舞いを整えて、夫の前に正座をした。「長々お世話になりました。出て行きます」と
神妙に挨拶した。
 夫はその顔を見ると、未練が残っているのか、ちょいと動揺をした。
 妻が出て行こうと、土間に下りた。
 夫が言った。「ちょっと待て。そっちは玄関だぞ。城に例えれば大手門だ。真っ昼
間、正面から堂々と出て行かれては困るじゃねぁか」
 女房は仕方なく裏口へ回ろうとした。
 と、また夫が「そっちは城の搦め手だ。真っ昼間、裏からこそこそって出られちゃ
困るな」
「表もいけない、裏もいけないって。出て行くところがないじゃないの」
「だったら、家にいねぇな」

(圓窓のひとこと備考)
 出典は江戸の小咄本にあるのだが、昭和年代に六代目三升家小勝が現代風に脚色し
たようです。この先も演られる作品であろう。
2003.4.16 UP