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浮世床(うきよどこ)/浮世根問(うきよねどい)/牛褒め(うしほめ)/うどん屋(うどんや)/鰻の幇間(うなぎのたいこ)/鰻屋(うなぎや)
/馬のす(うまのす)/馬の田楽(うまのでんがく)/厩火事(うまやかじ)/梅の春(うめのはる)/梅若礼三郎 1(うめわかれいざぶろう いち)
梅若礼三郎 2(うめわかれいさぶろう に)/梅若礼三郎 3(うめわかれいさぶろう さん)
圓窓五百噺ダイジェスト 104 [浮世床(うきよどこ)] |
床屋は閑な連中が集って時間を潰す集会所でもある。 「読み出すと立板に水だ」と自惚れる男が〈太閤記・姉川の合戦・真柄十郎左衛門の 武勇伝〉を声を出してみんなに聞かせるが、なんと横板に黐(とりもち)の有様で少 しも前に進まない。 こちらの隅では、一手ごとに洒落を言い合いながら将棋を指している。「歩を指し て、歩指し(庇)下の雨宿り」「では、俺も歩を指して、歩指し(庇)下の首括り」 「歩指し(武蔵)坊弁慶」「歩指し(蒸かし)立ての薩摩芋」「歩指し(兎)歩指し、 なにを見て跳ねる」などと騒がしい。 向うでは、煙草を吸いながら夢中で将棋を指している。悪戯好きが悪さをしてやろ うと、一人の煙管の両端を雁首ばかり、もう一人の煙管の両端を吸い口ばかりにして しまう。盤を見詰めながら一人は煙草を吸おうとするが、両端が雁首だから口元でく るくる回して唇を火傷してしまう。もう一人は両端が吸い口だから、煙草を詰めよう と手元でぐるぐる回しているだけでなかなか詰まらない。 今度は、指しているやつにわからないように盤の横に鬢付け油を付けてしまう。駒 で盤の横を叩く癖のある男が、その癖をする度に「駒がなくなった」と騒ぎ立てるの で、二人はついに喧嘩になってしまう。 奥では、半公がよく寝ている。邪魔だから起こそうとするが、なかなか起きない。 一計を案じて「半ちゃん。一つ食わねぇか?」と声をかけると、すぐに起き出した。 その半公は「昨夜、女に責められて寝られなかった」と言い出す。「どういうこと なんだ」とみんなから言われ、その顛末を話し出す。 「立ち見の芝居見物で贔屓の音羽屋のいいところで掛け声を掛けた。と、桟敷の女の 二人連れが『こちらへ入って声をかけて欲しい』と言う。そこで一緒に芝居を見て、 そのあと、誘われてお茶屋へ行き、いよいよ床入りということになった。ちょうどそ のときだ。『半ちゃん。一つ食わねぇか?』と起こしたのは誰だ!」 (圓窓のひとこと備考) まともに演ると長時間を要する噺。普段の寄席の高座では演者それぞれが好きな場 面を選んで短く演っている。それだけに落ちも創意工夫があり、幾多の者の噺を聞く と、面白い。 |
2007・2・25 UP |
圓窓五百噺ダイジェスト 109 [浮世根問(うきよねどい)] |
八五郎が暇潰しに隠居のところへやってきて、根問い葉問いを続ける。 「嫁入り」「奥さん」「かかあ」の語源を尋ねたり、蓬莱の島台の尉(じょう)と姥 (うば)、松竹梅、鶴亀の由来味はしつっこく訊く。 終いに「地獄極楽はどこにあるか」という会話になって、隠居は「じゃ、極楽を見 せてやろう」と仏壇を開けて見せる。 「へぇ? 仏壇がごくらくですか? これが極楽なら、仏はどこにいますか?」 「位牌があるだろう。仏さまだ」 「蓮の花は?」 「飾りとして付いている」 「妙なる楽の音は?」 「鐘や木魚が音楽だ」 「紫の雲は?」 「線香を焚けば煙が出て雲になる」 「なるほど。じゃ、人間は死ねば仏壇へ入るんだ。長生きの鶴や亀もここへ来て、仏 になるんですか?」 「仏教では〈山川草木悉(ことごと)く仏性有り〉と説いている。仏になれるな。し かも働いている」 「なにをして?」 「この通り、蝋燭立てになっている」 (圓窓のひとこと備考) 時の経つのを忘れられる噺で、仏教あり哲学ありと、雑学も吸収できるし、前座噺 としても最適のテキストである。 |
2007・2・28 |
圓窓五百噺ダイジェスト 72 [牛褒め(うしほめ)] |
与太郎が家を新築した叔父の左兵衛宅へ家見舞いに行くことになって、父親に家の 褒め方を教わったが、なかなか覚えられず、紙に書いてもらった。 「この度は結構なご普請をなさいました」「家は総体、桧造りでございます」「天井 は薩摩の鶉木でございます」「畳は備後の五分縁でございます」「左右の壁は砂ずり でございます」「床の間の百日紅もたいそう磨き込んでございます」「軸がかかって まして、唐画の茄子でございましょう」「なにやら、讃がしてございまして、〔売る 人もまだ味知らず初茄子〕。これは去来の発句でございます」「お庭もなかなか結構 で、庭は総体、御影造りでございます」など。 台所の柱の節穴を見たら、こう言えとも教わった。「穴の上に秋葉様の火伏せのお 札を貼れば、穴が隠れて火の用心になる」と。 その上、牛の褒め方も教わった。「天角、地眼、一黒、鹿頭、耳小、歯違う」と。 そして、叔父宅へ行って、紙をチラチラ見ながら褒めるのだが、巧くはいかない。 『この度は結構なご主人を亡くしました』『家は総体、屁の木造りでございます』『 天井は薩摩芋の鶉豆』『畳は貧乏で、ボロボロでございます』『佐兵衛のかかあは引 きずりでございます』『へこの間のヒャクジッコウもコケコッコウ』『塾に通ってま して、草加のガキでございましょう』『誰やら、お産をしまして、〔生む人もまだ恥 知らず初おむすび〕。これは去年のコップでございます』『庭は総体、見掛け倒しで ございます』などと、めちゃくちゃである。 台所へ行って、節穴を見つけて、「穴の上に秋葉様の火伏せのお札を貼れば、穴が 隠れて火の用心になる」と、これは父親に教わった通りになんとか叔父に言えた。 庭に回って牛を褒めていると、牛が糞をしたので、与太郎は大きな声で言った。 「おじさん。あの穴の上に秋葉様のお札をお貼れば、穴が隠れて屁の用心になる」 (圓窓のひとこと備考) 前座噺である。といっても、褒め言葉をしっかりと覚えないといけないので、口慣 れるまでは大変だ。与太郎以上に支離滅裂になってしまうことがある。 |
2007.5.20 UP |
圓窓五百噺ダイジェスト 106 [うどん屋(うどんや)] |
夜の町を流している屋台のうどん屋が、婚礼帰りの酔っぱらいに絡まれて何度も繰 り返し同じことを聞かされる。客だと思うから丁重に扱っていたが、その男は水を飲 んだだけで行ってしまう。 そのあと、声を掛けられて、ありがたいと思ったら、「子供が寝たばかりだから、 静かにしておくれ」と言われて、さっぱり商売にならない。 ぼやきながら大通りへ出ると、大きな店から「うどん屋さん」と呼ぶ声。それも低 い囁くような声なので「主人には知れないように、奉公人の代表で味見をするのであ ろう。旨ければあとから奉公人が代わりばんこに出てきて食べてくれるだろう」と判 断し、相手に合わせて低い囁くような声で応対する。 うどんを食べ終わったあと。両者は続けて小さな声で。 「ごちそうさま」 「へい。ありがとう存じます」 「おいくら? じゃ、ここへ置きます」 「ありがとうございます」 「……、うどん屋さぁん」 「へぇい」 「お前さんも風邪を引いたのかい?」 (圓窓のひとこと備考) この噺を客席で聞いている人が、そのうどんを食べたくなれば、演者の実力も一人 前。五代目小さんのこの噺を楽屋から聞いて食べたくなったことを思い出す。 |
2007・2・27 |
圓窓五百噺ダイジェスト 105 [鰻の幇間(うなぎのたいこ)] |
酒席で芸者と一緒になって客を取り持つ男芸者が幇間。〈たいこもち〉と言われる が、マイナーの幇間は野幇間〈のだいこ〉とも言われた。その一人が一八(いっぱち)。 一八は往来で、浴衣を着て手拭いをぶら下げている旦那に取り入って、鰻屋へ誘わ れる。二階へ上ると料理が出てきた。少し経つと、旦那は便所へ行くと言って席を立 ってそのまま帰ってしまったことを知る。 一八はこう思った。「旦那は『俺がいたのでは気詰まりだから』と気を利かせて帰 ってくれたんだ」と。 そう思った一八は落ち着いて一人で飲み始めた。あの旦那は帳場にこの俺に祝儀を 置いてってくれただろうと思い、女中に「帳場に紙を捻った物が預けてあるはずだか ら持ってきてくれ」と言う。「はい」と言って、女中は請求書を持ってきた。 「これは請求書。あたしの言うのは祝儀」 「そんなものはありません。置いてありましたのは、この請求書です」 「勘定はあの旦那が払ったんだろうから、この請求書はもういいんだ」 「お勘定はまだ頂いておりません」 「なにおぅ!」 「お帰りになるときに『俺は浴衣を着ているくらいだから、お供。二階で羽織を着て いるのが旦那なんだから、勘定は旦那から貰ってくれ』とおっしゃってました」 「この店はあの人の馴染みなんだろう?」 「いいえ、初めておいでになりました」 仕方ない、一八はぶつぶつ愚痴をこぼしながら勘定を払うことになった。しかし、 その勘定があまりにも高過ぎる。女中に文句を言うと、女中は「お供さんがお土産を 持って帰りました」 踏んだり蹴ったりである。なけなしの金で払って、階下へ。玄関先で古いちびた下 駄を出された。 「俺のはこんな安っぽい下駄じゃない、柾の通ったいい下駄だ」 「ああ、それはお供さんが履いて帰りました」 (圓窓のひとこと備考) 喜劇ではあるが、一八にとっては悲劇であろう。踏んだり蹴ったりの悲喜劇・それ だけに名作である。 |
2007・2・25 UP |
圓窓五百噺ダイジェスト 33 [鰻屋(うなぎや)] |
酒を飲みたいが、金が無い男二人。 一人が「いいところがある」と言い出した。 「先日、ある鰻屋へ入ったところ、酒はくるのだが、注文した鰻がなかなか来ないの で、文句を言うと、『鰻さきの職人が出掛けているので、今日は酒は無料にしますか ら』と言われた。さっきその店を覗いたら鰻さきがいない様子だから、そこへ行こう」 二人が行ってみると、今日は主人が鰻を裂くという構え。 「鰻をお選びください」と言われ、これをと指定するが、主人は鰻も満足に掴めない。 掴んだ鰻がするすると、主人の指から頭を出して逃げようとするので、前へ前へ歩 き出す。とうとう店を出てしまうので、 「どこへ行くんだ?」 「前へ回って鰻に聞いてください」 (圓窓のひとこと備考) [素人鰻]を簡略化したような噺である。落ちはまったく同じ。 [妾馬]の落ちも同型で、鰻が馬に変わっているだけのこと。歴史的には素人鰻は明 治になってからの創作だから、妾馬は真似された側になる。 あるいは、この手の小咄があったのか、知りたい。 |
[素人鰻]の梗概は、圓窓五百噺付録袋/圓窓五百噺ダイジェスト/素人鰻 [妾馬]の梗概は、圓窓五百噺付録袋/圓窓五百噺ダイジェスト/妾馬 |
2002・4・5 UP |
圓窓五百噺ダイジェスト 114 [馬のす(うまのす)] |
義蔵が釣道具を調べていたら、鉤素(はりす:錘と釣鉤の間に使用する糸)だいぶ 傷んでいる。ちょうど、家の前にどこかの馬が繋いであったので、その尻尾を鉤素の 代わりにしようと、抜き始めた。 通り掛かった友達の勝三が「馬の尻尾を抜くと、大変なことになるぞ」と真っ青な 顔をして言い出した。 義蔵は不安になって「どうなるんだ?」と聞くと、勝三は「俺もある偉い人に頼ん でやっと教えてもらったことだから、ただでは教えられない」と断る。そこで義蔵は 「酒を飲ませるから」と、家へあげて枝豆をつまみに酒を馳走する。 勝三はなんだかんだと世間話をしながら飲み食いを始めたが、肝腎なことはなかな か言い出さない。義蔵はじれったくなって「おい。尻尾の毛を抜くと、どうなるんだ い!?」と強面に催促をする。 と、やっと、酒を飲み干した勝三は言った。「馬が痛がるんだよ」 (圓窓のひとこと備考) 答を聞き出したい義蔵が「どうなる? どうなる?」とじれるところは、客席の聞 き手もじれてくれば、この噺は成功。「馬が痛がる」という当たり前の答えに、緊張 が解けるのはその成功の結果である。 そのために飲食の仕草も重要になってくる。 |
2007.3.3 UP |
圓窓五百噺ダイジェスト 115 [馬の田楽(うまのでんがく)] |
三州屋へ味噌を届けにきたという馬子が馬を繋いで店に入ったが、誰もいない様子 なので、待っているうちに居眠りをしてしまった。目を覚ますと、三州屋の店の者が いるので、「味噌を届けにきた」と言うと、「頼んだ覚えはない。裏町の三州屋の間 違いではないか」と言われ、あわてて外へ出る。と、なんと、馬がいないではないか。 それもそのはず、近所の子供たちが馬にいたずらしたので、馬は嫌がってどこかへ 逃げ出してしまったのだ。 あわてた馬子さんはあちこち馬を探して歩く。目の見えない爺さん、耳の遠い婆さ ん、よけいな事を長々と喋る男などに訊くのだが、一向に埒があかない。 すると、知り合いの寅吉が相変わらず酔っ払ってやってきたので、「味噌つけた馬 ぁ知らねえか」と訊いた。 寅吉は大声で笑いながら「おらぁ、この歳になるまで馬の田楽は食ったことがねえ」 (圓窓のひとこと備考) のどかな田園風景が滲み出る、いい噺だ。地方出身の噺家がその土地の訛り丸出し で演られたひには、東京出身の噺家はとても敵わない。 |
2007.3.3 UP |
圓窓五百噺ダイジェスト 26 厩火事(うまやかじ)] |
髪結いのお崎が仲人をしてくれた旦那の所へ、亭主に対する不満を訴えにきた。 「あたしが働いているから、うちの人は仕事もしないで、酒ばかり飲んでいるんです よ。どういう了見なんでしょうね、あの人は」と。 そこで、旦那はお崎にある二人の男の話を聞かせた。 「唐土の孔子は留守中に愛馬が火事で焼け死んだことを知らされて『家来の者、みな 無事であったか』と尋ね、馬のことは口にしなかった。 一方、日本の麹町のさるお屋敷の旦那は奥さんが瀬戸物を持って階段を落ちたとき に『瀬戸物は大丈夫か』としか言わず、奥さんのことは一言も言わなかった。 人間の本心はいざというときわかるものだから、本当にお前の亭主が女房のことを 思っているかどうか、試してみろ」 「どうするんですか?」 「亭主が大事にしている物は?」 「瀬戸物です」 「じゃ、亭主の前でわざと転んで瀬戸物を壊したように思わせてごらん。亭主がなん と言うか。瀬戸物のことしか言わなかったら、お前の亭主は麹町。体のことを訊いた ら、唐土だ」 早速に帰宅すると、言われた通りわざと転んで瀬戸物を壊したように思わせた。す ると、亭主は「体に怪我はねぇかい」と訊いてきた。 「お前さん。そんなにあたしの体が大事かい?」 「当たり前じゃねえか。怪我でもあってみねぇ、遊んでて酒が飲めねぇ」 |
[厩火事]の関連は、単発の落語会/圓窓五百噺達成記念落語会/ぷろぐらむ [厩火事]の関連は、単発の落語会/圓窓五百噺達成記念落語会/客席からじっくりと [厩火事]の関連は、単発の落語会/圓窓五百噺達成記念落語会/まどべの楽屋レポ 2001・6・28 UP |
圓窓五百噺ダイジェスト 123 [梅の春(うめのはる)] |
狂歌師の太田蜀山人の弟子の一人に長州の大名の毛利元義がいる。狂歌名を四方真 門。 ちょうど、上方の公用から江戸へ戻ったばかりの蜀山人は、参勤交代で江戸の上屋 敷に滞在中の長州公を訪ねて、その道中の様子を狂歌で披露した。 「摂州の高槻の在、小野村で小野小町の本歌取りをいたしました。 鼻の穴曲がりにけりな異な面を 我が身湯に入る眺めせし間に 京都では五條の橋を渡りました。 来て見ればさすが都は歌所 五條の橋に色紙短冊 名古屋では鰤が旨くて、しかし、数がなくてお替りはできませんでした。 江戸以来久しぶりにて御意得候 おかはりもなくめでたかりけり 島田の宿の部屋の衝立。それは立派なのですが、絵は粗末な竹に雀。そこで、 雀殿お宿はどこか知らねども チョッチョとござれささの相手に 藤沢で百姓の家でひと休み。煙草を飲もうとすると、入相の鐘がゴーン。 入相のかねの火鉢をつき出せば いづこの里もひはくるるなり」 これを聞いた長州公は満足の様子で、自分が国許にて綴った長州自慢の歌詞を披露 した。 「四方にめぐる 扇巴や文車の 許しの色も昨日今日 心ばかりは春霞 引くも恥ずかし爪じるし 雪の梅の門ほんのりと 匂う朝日は赤間なる 硯の海の青畳 文字がせきがき書初めに 筆草 生うる波間より 若和布刈るてふ」 これへ蜀山人が江戸自慢の文を付けて、題も〔梅の春〕。 「春景色 浮いて鴎のひいふうみいよう いつか東へ筑波根の 彼面此面を都鳥 いざ言問はん 恵方さへ よろず吉原山谷堀 宝船漕ぐ 初買いに よい初夢を三つ布団 弁天さんと添い臥しの 花の錦の飾り夜具 二十ばかりも 積み重ね 蓬莱山と祝ふなる 富士を背中に家がための 塩尻長く居座れば ほんに田舎も真柴炊く 橋場 今戸の朝煙り 続く竈も賑はうて 太々神楽 門礼者 梅が笠木の三囲の 土手にさえずる馬追いは 三筋霞の連弾や 君に逢ふ夜は 誰白髭の大森越えて 待乳の山と庵崎の その鐘が淵かねごとも 楽しい仲じゃないかいな 面白や 千秋楽は民をなで 万歳楽には命を延ぶ 首尾の松ケ枝 竹町の 渡舟守る身もときを得て めでたくここに隅田川 尽きせぬ流れ清元と 栄え寿く梅が風 幾代の春や匂ふらん匂ふらん」 長州公はますますご機嫌。「清元の〔北州〕に勝る名作にしたいのぅ」と言い出し た。 そこで、曲付けを川口お直、語りは清元栄寿太夫、相三味線は弟子の亀寿太夫、踊 りは春日鶴州と決った。 ひと月後、語り初めの会場は橋場の下屋敷。芸好きを大勢集ってムンムンとした熱 気が漂っている。 いよいよ、栄寿太夫の清元と春日鶴州の踊りが始まり、そして、終った。 長州公「栄寿太夫の清元を聞いていると、目の前に花が咲いたようじゃ」 蜀山人「鶴州の振りを見ておりますと、まさに、鴬が飛んで来たようでございました」 そこで、二人が付け合いをした。 長州公が「梅の春清元節に花を見て」 蜀山人が「舞う枝振りに鴬を聞く」 (圓窓のひとこと備考) ほとんど演り手のない噺。平成8年7月30日、池袋演芸場での圓窓一門会で初演 した。 原話では語り初め披露に清元の太兵衛、画家の喜多武清の二人がその芸を競うこと になっている。太兵衛は色男、武清はぶ男なので、屋敷の女中たちが太兵衛ばかりに キャァキャァと騒ぐ。落ちは「太兵衛(多勢)に武清(無勢)は敵わない」。 この落ちはどちらが先かは知らないが、[永代橋]という噺にも使われている。 あたしは清元と踊りの取り合わせにした。付き合いのある舞踊の春日鶴州師に「梅 の春」を踊ってもらったのを期に原話の取り合わせは外した。 |
2007.3.8 UP |
圓窓五百噺ダイジェスト 125[梅若礼三郎1(うめわかれいざぶろう いち)] |
神田鍋町の長屋の背負い小間物屋利兵衛は腰が立たなくなって三年になる。 女房のかのは手内職だけでは病人を抱えてやっていけないので、亭主にはお参りに 行くと言って、毎晩、鎌倉河岸に立って、通る人に一文、二文の乞力を受けている。 十一月の末、木枯しの吹く中、やってきた年若の侍。かのの袖乞いを聞いた侍は小 菊紙に幾らか包んで手渡した。 かのは自宅に戻ってその包をあけてみて、驚いた。小粒で九両二分あるのだ。とり あえず、一両は暮らし向きに回し、あとの八両二分は仏壇の引き出しに仕舞って、蒲 団に横になった。 隣に住んでいるのが栄吉というバクチ打ち。チャラチャラと聞こえてくる音が気に なり、壁の隙間から覗いて、かのの行いを見てしまった。かのの寝静まった頃を見計 らって、鯵切り包丁で戸を外すと、中へ忍び込んで仏壇の八両二分を盗み出した。 翌日、その金を使って質屋から着物や帯を受け出し、天王橋から駕籠に乗って吉原 の大門へ。駕籠屋へ二朱の祝儀を弾むと西河岸へやってきて、馴染みの池田屋という 女郎屋へ上った。 若い衆の喜助、女郎の花岡にも一分の祝儀をやる。その晩はいつもと違って派手に 飲むは食うは。勘定の一両三分二朱にも二両出して「釣りはいらねぇ」と言う。 こんなことが店の旦那の耳に入った。喜助の貰ったという一分を見ると〈山形に三 の刻印〉が入っている。 「先月、芝伊皿子台町の三右兵衛宅へ賊が入って、六七〇両盗んだそうだ。そのお布 令にある刻印と同じだ。お加役の勘兵衛さんを呼んでこい」 やってきた勘兵衛はそれとなく栄吉の様子を見て、翌朝、栄吉がお歯黒どぶで立小 便をしているところを、「御用!」と召し取りました。 (圓窓のひとこと備考) 梅若礼三郎は能役者だったが、芸に悩み、ついに太く短く生きようと、泥棒になっ たらしい。あたしにも芸の悩みは常にある。が、泥棒になろうと思ったことはない。 だから、梅若の気持ちはわからないが、なんとなく、口演してきた。 |
2007.3.8 UP |
圓窓五百噺ダイジェスト 126[梅若礼三郎2(うめわかれいさぶろう に)] |
栄吉は田町の番屋へ引っ張られた。 お調べを受けて栄吉は、吉原で派手に振舞った一件はすっかり白状したが、使った 金の出所を濁している。 「深川の木場を通ると……、十四、五人が固まって……、ガラッポンとやってんで… …、やってみたら、トントーンときまして、八両二分……」 「それにしちゃ、小粒ばかり揃っているるはどういうわけだ。吐いちまえよ。尻の穴 を覗ぞかしてやろうか!」 脅かされたり締め上げられたりで、栄吉はとうとう白状をした。 取り方が鍋町の長屋にやってきた。女房のかのは湯に行っていて留守の様子。 そそっかしい捕り方が、寝たきりの亭主に「御用!」と飛び掛った。一人がおかわ (便器)を蹴飛ばしたもんで、その臭いが飛び散った。 「ううう−ん。曲(臭)者ぉ!」 このあと、利兵衛夫婦の冤罪を晴らそうと、長屋の連中が立ち上がります。 (圓窓のひとこと備考) 番屋で役人が栄吉を取り調べる場面は、他の噺にはほとんどないので、興味が湧く。 「利兵衛夫婦の冤罪を晴らそうと、長屋の連中が立ち上がります」という地の語り部 分は圓生にはなく、あたしの工夫。今日では「冤罪を晴らそう」という運動は注目さ れるので、ちょいと入れてみた。 |
2007.3.8 UP |
圓窓五百噺ダイジェスト 127[梅若礼三郎3(うめわかれいさぶろう さん)] |
湯から戻ってきた女房かのは取り調べを受けた。 「栄吉がその方宅の仏壇から盗んだと申しておる八両二分は、芝伊皿子台町の三右兵 衛方で盗まれた金じゃ。ここにあった八両二分はどのようにして手に入れたのじゃ」 「恥ずかしながら、鎌倉河岸で乞力を受けておりまして、若いお侍からいただきまし た」 「うん。その風体は? 面体は?」と訊かれたが、かのは「たとえ、その方が賊であ ったとしても我々夫婦は粥を啜らせて貰った恩義がある。その方の不為になることは 口が裂けても言えない」と思い、「暗くて、わかりませんでした」の一点張りで通し た。 痺れを切らせた役人は、とうとうかのに縄をかけてしょっぴいて行った。 かのの無実を知っている長屋の連中は、早く牢屋から出られるようにと、寒い中を 両国の垢離場へ行って水を浴びて祈願をした。そのあと、両国という名代の居酒屋で 鍋を囲んだ。 と、あとから店へ入ってきたのが、四、五人の屑屋。彼らも鍋をつっつきながら、 世間の話やら商売の話。最後のほうは異口同音に「正直にやっていりゃぁ、〈天道人 を殺さず〉でなんとかなるもんですよ」「そうだ、そうだ」と繰り返している。 これを耳にした長屋の講釈好きが、「それは違います。天道は人を殺してますよ」 と屑屋の輪の中に入って行って、利兵衛夫婦の一件を講釈調で話し始めた。 すると、店の奥に衝立あって、向こうがちょいとした座敷になっている。その衝立 をずらして顔を出して「そこの講釈の先生」と声を掛けてきた男がいた。 見ると、二十六、七の色白で鼻筋の通ったいい男で、なりは茶微塵の結城で、その 上へ西川手の古渡りの半纏を引っ掛けて、八端の三尺をグッと締めている。 「その話をもう一遍聞かせてもらいてぇんだが、祝儀は弾むぜ」 「へいへい。お座敷ですか?」と、奥へ入り込んでまた最初から話し始めた。 男は腕を組んで聞いている。さらにところどころ聞き直して、また目を閉じて聞き 込んできた。 話すほうも熱が入ってきた。「かのさんが盗んだわけじゃありませんよ。貰っただ けです。しかし、くれた人に迷惑をかけちゃならねぇてんで、風体、面体はこれっぽ っちも喋らねぇ。えらいね。あっしがその泥棒だったら、早速に奉行所に名乗り出て、 かのさんを牢から出してやるね。できることなら、俺は泥棒になりてぇや」 聞いていた男は「お前さんね。仮に今ここで、泥棒に出っくわしたら、どうする?」 と真剣に訊いた。 「出くわしたら、そいつの顔に筆で〈山形に三〉の印を書いてやりますよ」 「じゃぁ、書いておくれ。あたしがその盗人だ」 「えッ、嘘でしょう?」 「能役者崩れの梅若礼三郎。今じゃ、人呼んで、おさらば礼三よ」 「わぁぁぁ!!!」 男は落ち着き払って、話してくれた者に幾らかやって、勘定を払い、店を出て行っ た。 翌朝、おさらば礼三は朝湯に飛び込んで身を清めました。下帯、腹巻、手拭い、半 紙と身支度をいたしまして、本郷駒込の鰻縄手、岩倉宗左衛門宅へ。 「お頼申します。お頼申します。岩倉様へ直々のお訴え、お許し願い上げます。 はっ。岩倉様にござりまするか。手前、能役者崩れ梅若礼三郎と申します。 あとの月、二十四日、芝伊皿子台町の三右兵衛方に押し入り、六百七十両盗みまし たは確かに某(それがし)。恐れ入りましてござります。 本日、お縄を頂戴いたしたく、出頭仕りました。 つきましては、ご牢内におりまする小間物屋利兵衛の女房、かのをご放免下さいま するよう、切にお願い奉(たてまつ)ります。 はっ、はっ。お聞き届き下さりまして、この梅若、厚く、厚くお礼申し上げます。 お縄を……、お縄を頂戴仕ります……」 (圓窓のひとこと備考) 随分と前だが、落語研究会でこの噺を長演でやらせてもらったことがある。梅若が 出頭する場面の台詞はあたしが考えて、それをあの方に少し直してもらった。その大 事なあの方の名前が出てこないのだ。もう亡くなってしまったが、本来は歌舞伎・演 劇の研究家・作者。落語の解説もやっていた、あの方。なさけないが……、名前が出 てこない。ごめんなさい……。 |
2007.3.8 UP |