圓窓五百噺ダイジェスト(さ行)

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匙加減(さじかげん)/三年目(さんねんめ)/三方一両損(さんぽういちりょうぞん)

圓窓五百噺ダイジェスト 137 [匙加減(さじかげん)]

 阿部玄渓という名医の息子の玄益も腕はいいが、若気の至りで遊び過ぎて勘当とな
った。その後、心を入れ替えて、医道に精進して評判の医者となった。
 この玄益、二年ぶりに品川宿の叶屋という茶屋へやってきて、馴染みだった芸者の
なみに会おうとした。
 叶屋曰く。「若先生。二年前、なみと夫婦の約束をしませんでしたか?」
 玄益は「冗談にそんなことを言ったかもしれん」と白状する。
 叶屋「なみはそれを本当にしました。しかし、若先生はまもなく勘当。ここへも来
なくなった。なみは『そのうちに若先生が迎えに来る』と信じているうちに、二年た
って気が狂ってしまいました。なみは松本屋義平の抱え芸者です。座敷へ出すことも
できませんので、今じゃ座敷牢に入っていますよ」
 玄益は「面目ない。なみを引き取る」と申し出た。
 叶屋は「じゃ、あたしが松本屋へ話を付けますので、三両出してくださいな」と言
って、松本屋へ出向くと「なみを若先生に追っ付けましょうよ。三両出してくだされ
ば、この話はまとめますので」と、持ち掛ける。
 松本屋は渡りに舟とばかりに三両出す。叶屋は双方から三両ずつ、計六両を自分の
懐に入れた。
 玄益はその日のうちになみを引き取って、神田西河岸の長屋に連れてきて、付きっ
切りでなみの治療にあたった。その甲斐あって、なみは半年あまりで全快をした。
 父親の玄渓はなみの気立てのいいのを見て二人を夫婦にした。
 この噂を知った品川宿の叶屋は、すぐに松本屋へ飛んで行った。
「なみが治ったそうです。返してもらいましょうよ。座敷へ出せばまだ使えますよ」
「できるわけないだろう。なみは玄益が身請けをしたんだから」
「年季証文はどうなっています…?」
「あぁ、あのとき、玄益に渡すのを忘れたな」
「証文がこっちにある限り、身請けをしたことにゃならねぇ。あたしが間に入って巧
くまとめますから。巧くいったら、褒美として十両くださいな」
 翌日、叶屋は玄益の家へ行き「なみを引き取らせてもらいます」と捻じ込んだ。
 玄益はびっくりして「あたしが身請けをしたはずだ」と言ったが、「年季証文は松
本屋にある。出る所へ出りゃぁ書いた証文が口を利きますぜ!」と脅かした。
 この罵声を耳にした大家が間に入って、「明日、あたしの家に来てくださいな。話
をまとめておきますから」と一端、叶屋を帰した。
 翌朝、大家は一計を案じて、長屋中の欠けた瀬戸物を集めて足の取れかかった膳の
上に乗せて、松本屋が来るのを待った。
 松本屋が来たので「なみは玄益先生が身請けしたはず」と、玄益の味方になること
を言う。怒った叶屋が体を前に迫り出して膳を倒して瀬戸物の山を崩してしまった。
今度は大家が怒って、その膳を持って振り上げたので、話合いは決裂。
 ついに、松本屋義平の名で南町奉行所の大岡越前守へ、お恐れながらと訴え出た。
 いよいよ、今日はその判決。
 奉行は玄益に「年季証文が松本屋にあるからは、なみを身請けしたことにはならん。
身柄は松本屋へ引き渡すのじゃ」と申し渡し、そして、松本屋にも「なみを治療して
もらったのであるから、玄益に薬代、手当て代を支払うように」と申し付けた。
 その上で玄益に「なみの薬代、手当て代はいくらじゃ?」と訊いた。
 玄益は「いりません」と断るが、奉行はなおも「受け取るのじゃ」と言う。長屋の
大家は玄益に「高い値をいいなさん。ここいらがお奉行さまの匙加減なんですから」
とけしかけた。
 奉行が「試算いたしたところ、薬代は一日に六両、ひと月に百八十両。それに手当
代を一日一両として、月に三十両。なみを直すのに半年かかったのであるから、なみ
の薬代、手当代の合計は千二百六十両である」と下した。
 これには松本屋も腰を抜かした。翌日、叶屋が大家の所へやってきて、示談を申し
入れた。
 勝ち誇ったように大家は「あなたは双方から三両ずつ、計六両を懐に入れましたね。
それはあなたの働きだからいいでしょう。しかし、膳と瀬戸物を壊したのはあなたで
すから、千二百六十両いただきましょう」と脅かした。
 叶屋が「ご勘弁ねがいます」というので、「では、十両で」ということで示談にな
った。
「叶屋さん。書いた証文が口を利きましたか?」
「いいえ。欠いた瀬戸物が口を利きました」

(圓窓のひとこと備考)
 あたしが若い頃、上野に本牧亭という釈場があった。釈場とは、常設で講釈をやっ
ている寄席のこと。あたしが鈴本に出番のあるときには、しょっちゅう、その釈場の
客席に回って講釈を聞かせてもらった。
 その折、故小金井芦州師のこの講釈を聞いたのだ。翌日、一升瓶をぶる下げて楽屋
へ顔を出して「教えてください」と頼み込んだ。
 登場人物も刈り込み、落ちも付けて、落語の寄席や地域の落語会で演り始めた。
 そのうちに何人かの後輩の噺家が「教えてください」と来た。
 今度は、あたしが教える立場になってしまった。
 いずれ、彼らもその立場になってくれるであろう。嬉しいことである。
2007.3.24 UP




圓窓五百噺ダイジェスト 10  [三年目(さんねんめ)]


 ある大店(おおだな)の人も羨むほどの仲のいい夫婦。
 女房が大病になり、医者も何人も変え、手を尽くしたが、重くなるばかり。
 ある日、己れの寿命を悟った女房は夫に言った。
「あたしが死んだ後、あなたは後添いを持つでしょう。そうなって、新しい女房をあたし
と同じようにかわいがると思うと、あたしは死に切れません」
「二度と女房は持たない。もし、万一、そうなったとしたら、お前、幽霊になって婚礼の
晩に出て来なさい。そうすれば嫁も驚いて逃げて出すだろう。それが評判になれば、二度
と嫁の来手もなくなるはずだ。どうだい」
「わかりました。そうなったら、幽霊となって出ますから…」
 これで安心したのか、女房は息を引き取った。
 その後、しばらくは独身でいたが、親類から、「やいの、やいの」と言われ、断わり切
れず、とうとう勧められるままに、さる女と婚礼ということになった。
 いよいよ、婚礼の晩。先妻との約束があるから、気が気ではない。しかし、幽霊は現わ
れない。
 翌晩か、と思ったが、やはり出ない。
 次の晩も出ない。
 十日、一月、半年、経っても出ない。
 そのうちに子供もできて、幽霊との約束は忘れるほどの甘い暮らしが続いて、いつしか
三年、経たった。
 三年目の命日の晩。
 後妻は子供とぐっすり寝ている。
 夫は寝付かれず煙草を吸っているところへ、先妻の幽霊が現われた。
「あなたは、後妻をめとって、可愛い子供までこしらえて……、恨めしいお方…」
「お前が婚礼の晩に出てこないからさ」
「そう言われても、あたしには無理でした」
「なにが無理なんだ」
「あたしが死んで納棺のとき、みんなであたしの頭を剃って、坊主にしたのでしょう。そ
の頭じゃ嫌われると思って、髪の伸びるまで待ってましたの」

[三年目]の関連は、窓門の人々/圓窓系定例落語会/保善寺仏笑咄/窓輝の初仕事
2000・1・9 UP




圓窓五百噺ダイジェスト 42 [三方一両損(さんぽういちりょうぞん)]

 神田白壁町に住む左官の金太郎が往来で財布を拾った。中には書付けと印形と三両
の金が入っている。書付けから所がわかったので、訪ねて返しに行った。
 落し主は神田竪大工町の大工の吉五郎。ところが、「書付けと印形は自分の物だか
らありがたく受け取るが、金は俺のだという証拠もねぇし、お前にやるから持って帰
ってくれ」「礼金貰いたさに届けにきたわけじゃねぇんだ」「持って帰れ」「お前こそ、
受け取れ」と、とうとう殴り合いの喧嘩になる。
 そこへ長屋の大家が止めに入って、「今日の所は」ということで、金太郎は帰って
くる。
 自分の長屋に戻ると、自分の大家に会ってこの一件を話す。
 わけを聞いた大家は「いいことをして殴られていては長屋の恥」と奉行所へ訴える。
 いよいよ、南町奉行大岡越前守様のお裁きになる。
 大岡様は喧嘩をした両人の正直を褒め、「金は奉行が預かり置くがどうじゃ」
 二人は「そうして下さい」と素直に従う。
 そこで大岡様は「改めて、両名に褒美をつかわせるが、どうじゃ」
 同じく二人は「ありがたく頂戴いたします」
「ならば、預かった三両に奉行が一両足して四両とし、両名に二両ず褒美をつかわそ
う」
「それなら、いただきます」
「この裁き、三方一両損と申す。なぜなら、吉五郎は届けられし三両を受け取らず、
 褒美の二両を受け取り、一両損したことになるの。金太郎も礼としての三両を受け
取らず、ただ今褒美として二両受け取り、一両損しておる。それに、このような正直
からの騒ぎから、奉行も一両出して損を致した。三人がそれぞれ、一両ずつ損をした
勘定になる。そこでこの裁きは三方一両損と申す」
「さすが、名奉行」
 というわけで一件落着。
 そのあと白州で、奉行は両名に食事をご馳走した。
 二人は大喜びでパクパクと食べた。
 奉行も心配をして、
「腹も身の内である。たんとは食すなよ」
「へえ、多くは(大岡)食わねえ」
「たった一膳(越前)」

 と演ったのが、今までの[三方一両損]
 本筋と離れた駄洒落の落ちはいただけない。
「いや、落語的な愛敬があっていいじゃないか」と弁護する論もあるが、「悪いもの
は悪い」とはっきり言う論もなくてはいけない。
 そこで、あたしは食事場面を削除して、話の筋に則った落ちを創作しました。

 このお裁きが江戸中の評判となった。
 源兵衛と平蔵という小悪党が二人でたくんだ。
 二人が一両二分ずつ工面して三両こしらえた。それを源兵衛がわざと落とすと、平
蔵がそいつを拾って届けて、前出の二人のような喧嘩をする。
「奉行所に訴え出れば、大岡様が『またもや正直な二人じゃ』てんで、俺たちに二両
ずつくださる。と、二分っつ儲かるてぇわけだ」
 そして、奉行所に訴え出る。
 大岡様は「これは狂言臭い」と判断して、お裁きに入った。
 二人は「この三両はいりません。三両のことは忘れました」と胸を張って言い放つ。
 大岡様は二人に「忘れるとは感心じゃ。先は三方が一両の損をする裁きであったが、
 この度は一両ずつ得をいたす。三両の内から双方に一両ずつつかわす。忘れたので
あるから、一両ずつの得である。奉行も一両貰って得をいたす。三方一両得である。
どうじゃ」と言った。
 二人は損をしたので、しどろもどろ。
 奉行から「この奉行より二分ずつ騙しとろういたす不届き者。よって、双方の髷を
切り落とす」との申し渡し。
 クリクリ坊主にされた二人「もう毛(儲け)がなくなった」

(圓窓のひとこと備考)
 大岡裁きは数多く伝わっているが、[白子屋裁き]以外はほとんどが作り話か、他
の人の裁き大岡の手柄にした創作である。
 しかし、この噺、うまく出来ている。
 だが、重ねて言うが、本筋とは離れた駄洒落の落ちはいただけない。
 他のどんな大岡政談にも付けられる落ちだから、便利と言えば便利。(笑)
 いっそのこと、そう利用して楽しむのもいいかもしれない。
 でも、飽きるだろうなぁ。
 と思って、落ちを変えたんだが、「それ、演らせてください」という仲間も現われ
ないから、評判は芳しくないのだろう。

[白子屋裁き]の梗概は、圓窓五百噺付録袋/圓窓五百噺ダイジェスト/城木屋
2002・4・26 UP