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圓窓五百噺ダイジェスト 55 [転失気(てんしき)] |
ある寺の和尚、体調を崩したので医師の往診を受けた。 その医師に「和尚。テンシキはおありかな?」と聞かれた。テンシキの意味がわか らなかったが、知ったかぶりをして「ありません」と答えてしまった。 医師の帰ったあと、気になって仕方がない。そこで、小坊主の珍念に「先生の言っ たテンシキを近所へ行って借りてきなさい」と言い付けた。 小坊主が近所を回るとみんな知ったかぶりをして、花屋では「床の間の飾りにして いたが、客に土産に持たしてやった」と言うし、床屋では「今朝、おつけの実にして 食べてしまった」などと言う。困った小坊主は医師の所へ行った。 医師は「テンシキとはおならのことだ」と教える。 小坊主は「和尚も知らなかったんだ。だから、あたしを使って知ろうとしたんだ。 よし、和尚に仕返しをしてやろう」と、寺に戻ると和尚に「どこにもありませんでし たが、テンシキとは盃のことなんですね」と空っとぼけて言う。 和尚はそれとなく考えた。「そうだ。呑酒器と書いてテンシキだ」と勝手に思い込 んでしまった。 次の往診の日。和尚は医師に言った。「実はテンシキはありました。お見せいたし ましょう」 医師は断ったが、和尚は珍念に「テンシキを持ってきなさい」と小坊主に言った。 箱の中の盃を見て医師は「テンシキとは傷寒論に転失気と書かれております。おな らのことです」と言う。 和尚は小坊主のいたずらだとわかって「珍念ッ。お前は鼻持ちがならぬやつじゃ!」 珍念は平気な顔をして「仕方がありません。おならのことですから」 (圓窓のひとこと備考) 世間に知ったかぶりは大勢いるので、この噺は喜ばれる。 ただし、既成の落ちの「和尚。寺方でテンシキを盃とは?」「はい。これを重ねる とブーブーが出ます」というはあまりにも弱い。 複数の噺家が改良を試みるがなかなかいいのはない。右朝の改良に「いつ頃から」 「オーナラ(奈良)へーアン(平安)の頃から」というのがある。馬鹿馬鹿しいが、 わかりやすくて面白い。 本文のはあたしの試みた落ちであるが、面白みはない。 |
2006・7・6 UP |