圓窓五百噺ダイジェスト(む行)

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胸の肉(むねのにく)

圓窓五百噺ダイジェスト 4  [胸の肉(むねのにく)]

 医者の安藤似蔵はある患者を直すために必要な高額な薬がいるので、五両を借りようと、
噂で知った金貸しの清六を尋ねた。
 清六は「五両では足りなかろう」と無利子で、期限は三ヶ月一七日間として十両を貸し
「返済なき場合には胸の肉を五百匁いただきますよ」と証文を作る。
 期限の七月八日の夜。安藤は「何日か待ってください」と言い訳に来る。清六は「まだ
期限内ですから」と応対は和やかに詰将棋を誘う。安藤も好きとみえて盤を前にして夢中
になる。やがて九つの鐘。途端に清六は強硬に胸の肉の要求をする。そして涙ながらに語
り出す。
「二年前、女房が急に腹痛を起こしたので、名医と聞く安藤を数回に渡って尋ねたが不在。
帰宅すると、女房は苦痛のあまり、包丁で胸を突いて死んでいた。安藤が女房を殺したも
同然。だからこそ胸の肉を五百匁いただきたい」
 そして、ついに奉行所へ訴えに及ぶ。奉行の大岡越前守は清六に「医者に慈悲を施せ」
と諭すが、清六は頑なに「法に則って証文の通りに裁いて」と訴える。奉行もついに「証
文の通り、安藤の胸の肉の五百匁は清六のものである」と判決を下す。
 いよいよ、清六が安藤の胸を切ろうとしたとき、奉行の声が響いた。
「待て。証文によれば[胸の肉、五百匁]だけである。胸の血は与えるわけにはいかん。
一滴でも垂らしたとしたら、そのほうは死罪」
 追い込まれた清六は示談に持ち込もうとしたが、今度は奉行が「法に則る」と撥ね返す。
安藤は「清六に情けをかけてください」と奉行に嘆願する。
 奉行は清六に「あの夜の詰将棋じゃが、十一手目は三二金ではどうじゃ」と盲将棋を持
ち掛け、清六も受けて、二十三手目で詰みとなる。
 そのあと奉行は「期限を三ヶ月と一七日にしたのは、翌日の七月九日は亡き女房の三回
忌で、安藤を詰将棋に誘ったのは九つの鐘を迎えるためであり、直ちに安藤の胸の肉を切
るつもりであったろう」と詰問する。
 清六は泣きながら心底に詫びる。
「よくぞわかってくれたな。白州は恨みを持って肉を捌くところではないということを」
「はいッ。情けを持って人を裁くところでございました」
「うん、よう申した。しかし、この越前、人を裁くのは好まん」
「と、申しますと」
「ほれ。今、そのほうと将棋を指したであろう。詰み(罪)を裁いたのじゃ」
                                

[胸の肉]の高座本は、圓窓五百噺全集/創作落語/演劇落語/胸の肉
[胸の肉]の関連頁は、圓窓HPクラブ/感想・意見・質問/[胸の肉]のキリストと観音の慈悲1
1999・11・13 UP